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騎士団本部医務室にまで着きアレックスさんの自分の仕事に戻っていく背中を見届けてから、小さく息をつき中へ入る。 数人が自分へ軽く会釈して視線をすぐ戻すので、隅にある椅子に腰を下ろして与えられたマニュアルを開いた。 今まで全て魔法で済ませていたが、魔法が使えない場面を想定して回復アイテムや医療品を覚えておいた方が良いそうで、聞き慣れない見たこともない医療品を見ては効果を確認する。 「難しい顔をされていますね」 ちょうど毒なおしを見て解毒効果を見ていると身を屈めて顔を覗き込んで来た長髪の男性に驚き、慌てて背筋を伸ばしてから顔を上げた。 緑の色をした長い髪、すらりとした細身の男性は所属治療師を纏めているトレヴァー隊長だ。 普段は出ていることが多くあまり本部に居ないらしく、会ったのも初めて所属された日と合わせて今日で二度目だった。 「隊長、す、すみません」 「いえいえ、謝らなくとも。……イズルさんは、あまり医療品、薬などに馴染みがないようですね」 隊長は近くの椅子を引き寄せ自分と対面するように腰を下ろすと、他の治療師の邪魔をしないように声を潜めながら手元のマニュアルをトントンと指で撫でてくる。 「はい。こんなに種類があるんですね」 「専門的な物は勿論ありますが、大半は普及されている物が多い。今まで知人が使用しているのも見たことがありませんか?」 「そ、そうですね……」 まず知り合いが少ないからかな。旅に出るまでは師匠とレブナンさんしか人を知らなかったぐらいだ、師匠は「魔法と言う一番便利な物があるのに他に何に頼る必要があるんだい?」と言うタイプだったし。 「そうですか。治療師は万能ではない、回復魔法で治せない症状を医療品に頼ることがあるのですよ」 「治せない症状、ですか」 「そう。例えば傷を治す魔法は使えても解呪の魔法を使えない治療師、解毒や炎症を治すと言っても全て使いこなせる治療師は少ないものだ。全部の魔法を覚える困難さ、魔力量などが違いますからね」 回復魔法って種類が色々あるのにも衝撃を受けている、傷を治すのとか状態異常を治すのは違う魔法を使うと言うことなんだ。 もしかして、自分は使える魔法が少ないんじゃないだろうか。 出来ることなんて魔力の形を戻すことだ、怪我をしていれば欠けているし、状態異常になっていれば魔力の色が濁っている。それを元に戻すことをイメージして魔力を注ぐだけ。 種類どころの話じゃない、それしか出来ない。 「……回復しか出来ないって言ってたけど、その回復魔法もちゃんと出来てないんだ……ど、どうしよう」 「え?」 「すみません……僕の使ってる回復魔法、そんなに種類がないので」 「種類がない。と言うのは……アレックス副団長を完治させた程の腕前と聞いています。あの方の深手、そして長年の腕の呪いは私を含めた数人がかりでも治せなかったことです、イズルさんは回復魔法を熟知されているものだと」 王都内で一番腕の良い治療師と言われる隊長が治せなかったんだ、確かに治すのは結構大変だったと思い返しながら「詠唱魔法が使えないですし」と過大評価に舌を巻きながら否定するとトレヴァー隊長はガタッと立ち上がる。 「……詠唱魔法が、使えない?」 「え、あの……僕何か変なことを?」 驚いた表情で固まる隊長に他の治療師も驚いて「トレヴァー殿、どうされたのですか?」と作業の手を止め声を掛けるのを、隊長は静かに手で制した。 「いえ、構わず……イズルさん、詠唱魔法が使えないと言うのは?」 隊長が座り直し椅子を引き寄せて更に声を潜めるのに、自分の声も合わせて声が小さくなる。 「僕の使う魔法は、師匠直伝の古いものらしくて……何度か詠唱魔法を勉強してるんですけど、魔力の補填の仕方がわからなくて」 「……その師匠と言う方は治療師なのですか?」 「あ、いえ、僕の師匠は回復魔法が使えないんですが魔力の操作の仕方を教えてくれて。僕の魔力は攻撃性が無いから自分の魔力を人に補填させたら怪我を治せるって」 師匠がどんなに攻撃魔法や防御魔法を教えてくれても外に魔力を出すのが出来ず、人に渡す回復魔法なら使えたので、と話せば隊長の表情はドンドン真剣な物へと変わっていった。 そして小さく何か呟いてからポンと膝を叩く。 「成る程。大体分かりました」 「え?」 「イズルさん、君に医療品が必要無さそうと言うことです」 「そう、なんですか?」 「そうですとも。ああ、イズルさん。この事はあまり人に話してはいけない」 「? この事ですか?」 「君の使う魔法のことです。今後は信用出来る人間だけにしましょう」 良いですね? と言われたので古い魔法で使える回復魔法の種類が無いからきっと悪いのだろう。 はい、と頷けばトレヴァー隊長は小さく息を吐いてから「急用を思い出しましたのでこれで」と椅子を元の位置に戻して部屋から出ていってしまった。
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