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「それで、お前が拾ってきた治療師とはどうなんだ?」
新兵の模擬戦を観戦していると、並ぶように立っていた男の問い掛けに視線を向ければ、皺が増えた快活な笑みを浮かべるその顔に小さく息を吐く。
「彼は俺の負傷全てを完治してくれた命の恩人です、団長と言えど彼の侮辱は許せませんが」
「侮辱なんてしてねえさ。お前を元気いっぱいにしてくれたんだ、騎士団にとってもオレ個人にとっても治療師殿には感謝している。……血塗れのお前を見捨てるのは夢見が悪くてな」
部下との死別は何時だって慣れないと溢す、団長・ライナスの言葉を受け止め頷いてから右手を握り締めその感触があることに実感した。
「お前がピンピンで還ってきた時は幻かと思ったがな、まさか第一声が国に捧げた命は死んだので退職しますと来たもんだ」
仕事が欲しいだけなら今の所属治療師と言う立場でも良いが、イズルは負傷者を救いたいのだろう。
イズルは自己評価が低い、それが悔しく思う。
回復しか出来ないと、何も出来ないと嘆いてすらいる彼にどう伝えればその素晴らしい能力を理解出来るのか。
「……イズルは、特出した治療師です。勇者と旅をしていたと頷ける程の魔力の多さだ、が……彼は自身の能力を卑下している」
「他の奴らの噂を耳にしたが、追放された大した能力もねえ治療師が副団長のコネで入ってきただとか」
「誰が?」
「キレるなよ。治療師殿自身も軽視されてるのは知ってるはずだ、そりゃ卑下したくもなるだろ。実際追放されてしまえば自信だって失くすもんさ」
周囲の評価がイズルの正確な判断力を損なっていると指摘され、だったらそんなものを気にしなくて良いと思うのは傲慢なのだろうか。
俺の言葉を信じてくれれば良いものを。
「失礼致します」
訓練所に似つかわしいとは思えぬ人物の来訪に、団長は腕を上げた。
「トレヴァー。どうした、鍛練しに来たのか?」
「まさか。アレックス副団長にお話がありまして……副団長、今大丈夫でしょうか?」
「ああ、構わない」
「何だ、オレが居たら不味いか?」
「ライナス団長は……まあ、良いでしょう」
頷いてから他の団員から離れるように壁際に寄った所属治療師のトレヴァーが「イズルさんのことですが」とすぐに本題に入る。
「イズルが何か?」
「ええ、先程ようやく時間が取れたので対話させて頂いたのですが……どうやら、彼は古代魔法の使い手のようです」
「古代魔法?」
団長と共に聞き慣れぬ単語に首を傾げれば、トレヴァーは簡潔に話し始めた。
約三百年前に滅びたとされる魔法で、現代の詠唱魔法とは違い自身の魔力を操るもの。詠唱をせずに直に魔法を使用するので威力自体も強く扱いが難しいとされ、その技術を継承出来る使い手が輩出されにくいと。
「詠唱魔法は型の決まっている魔法に魔力を乗せるならば、古代魔法は自分の思うままに魔力を操り魔法を使用出来ます。イズルさんが回復魔法しか使えぬとしても」
「……イズルは自由に魔法が使える?」
「医療品を不思議そうに見ていました、必要なんて無かったのでしょう」
思うままに魔法が使える、詠唱する手間が無くまた魔法を覚えることもないと言うことだ。
詠唱魔法が分からないと言っていたが、そもそも魔力の使い方が異なるイズルには使えないのではないだろうか。古い魔法だと気落ちしていた姿を思い浮かべ、ハッとする。
「……古代魔法の使い手が居ると知られれば、どうなる?」
「ええ、特に現代の魔法使いが黙っていないでしょう。回復魔法だけとは言え魔法の仕組みが分かれば古代魔法を使える者が現れるかも知れません」
「それに、国が黙ってねえな。アレックスの件は治療師が治したしか言ってねえんだ。1人が治しましたよーなんて知ったら王族貴族連中が大金積んで来るだろうよ。しかも古代魔法なんて希少なもんと知れたら不味いだろ」
「ですが、大丈夫でしょう」
トレヴァーはそこで小さく笑い、俺を見据えた。
「治療師イズルはアレックス副団長の庇護下にあります、彼に手を出すと言う蛮勇を振るう者が居るとは思えません」
「確かに、後ろにアレックスが居ると分かってれば近寄り難いか。溺愛してるって王都中の噂だしな」
「俺が必ず守ると誓いました。だが、危機感はあった方が良い。より一層護衛に努めます」
俺の存在がイズルの身を守ることに繋がるなら傍に居続けるべきだ、と頷く俺に団長が頬を引き攣らせながら「随分とまあ、懐いたもんだ」と呆れたように笑う。
イズルに命を救われたが、彼と共に生活し始めてから彼の傍があまりにも居心地が良い。
養うつもりがイズルの家事に助かっていて、家に帰ると安らぐと言う経験をすることになるとは。
この安らぎをイズルにも感じて欲しい、俺と居ることで感じて欲しいと。
ああ、困った。今すぐ君の元に行きたくなってしまった。過保護とはよく言ったものだ。
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