4(完)

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4(完)

隊長が戻らないので再びマニュアルに目を落とす、必要なさそうと言われても他の治療師はみんな知ってることも知らないとなれば無能さが更に際立ってしまう。 「イズルさんは本当に医療品を知らないんだねえ」 そこで1人の治療師が声を掛けてきたので顔を上げれば、ニヤニヤと笑いながら「それに詠唱魔法も使えない」と声を大きくし、他の治療師たちも手を止めて同じようにニヤニヤと笑みを向けられた。 「それでよく治療師が名乗れますね」 「常識がないのによく此処に就職出来、おっとそう言えば副団長を治されたとかで?」 「本当かよ、寵愛されてるってそう言うことだろ?」 「男として恥ずかしくないんだ?」 ……これは、もしかしなくとも、馬鹿にされているんだ。 無能でコネでアレックスさんに媚を売ってると、そう好きに言われてトドメのように「追放されたのにねえ」と全員から笑われる。 マニュアルを閉じて立ち上がり椅子にそれを置いてから、全員と向き合った。 「な、何だよ」 「何を言われても僕は治療師です。人々の救いになりたいと言う気持ちに嘘は無く、確かにアレ──副団長に仕事を斡旋して頂きました」 でも、現状は此処での仕事はただ部屋の隅で医療品を覚えるだけ。 此処じゃ、まだ誰も救えてない。 「救うだなんて何様なんだ? 何も知らない魔法も使えないクセに」 「邪魔なんだよ、無能の分際で給料泥棒が」 「追放されるのは慣れてんだろ?」 冷たい拒絶は2回目だ。慣れるはずはない、けど1回目に比べると落ち込まないどころか納得すらしている。 ああ、やっぱり僕に居場所なんてないんだ。 「追放と言うのは、何の話だ?」 そこで、通る声が室内に響き、全員がハッとした顔で声の方に顔を向けるので僕も見れば、入口の縁に背中を預け冷めた視線を向けるアレックスさんの姿が。 その横には隊長、と見知らぬ騎士の男性が立っていて全員が「あっ」と息を飲んだ。 アレックスさんを横切りトレヴァー隊長がパンと両手を一度叩いてから緩く笑う。 「お喋りしてる程に暇だなんて、平和でまことに結構。会話内容も穏やかにして欲しいものです」 「た、隊長、これは……」 「ええ、大丈夫です。全部聞こえてました」 「えっ」 「人を救うべき治療師にあるまじき侮蔑の言葉には、舌を巻いてしまいますね」 「……」 「イズル」 他の治療師たちを叱責する隊長をぼんやり見てると、アレックスさんが僕の元にやって来た。 「アレックスさん……」 「すまなかった、嫌な思いをさせたな」 「いえ、アレックスさんが謝ることは何一つもありません。これは僕の未熟さが招いたことです」 医療品を知らぬ無知、詠唱魔法を使えぬ無能、アレックスさんに仕事を与えてもらった、全て事実でしかない。 勇者一行から追放されたのも、同僚たちから邪魔だと言われるのも、全部。 でも。 「僕は回復しか出来なくてもかまわないんです、それで救える命があるとアレックスさんが教えてくれました」 「ああ」 「……此処ではそれも叶いません」 「ああ、俺もそう思う。君の力をこんな場所で無駄にすべきではない」 同調してくれるように手を握られ思わずドキリとしてしまったが、アレックスさんの真後ろに騎士の男性が呆れた顔でため息をついた。 「待て待て、アレックス。お前その調子で騎士団辞めてギルドとか行こうと言うつもりなんだろ」 「そうですが」 「そうですがじゃねえよ、短絡過ぎだ」 「そうです、副団長。別に騎士団を辞めることはありません」 そこでトレヴァー隊長も此方に来、アレックスさんは首を横に振る。 「だが、此処ではイズルが傷付くだけで何も出来ないままだ」 「それなら、此処で無ければ良いのです」 「トレヴァーの言う通りだ、別に治療師は全員此処に配属しなきゃなんねえ決まりはねえのさ」 「と、言うと?」 自分の話なのに3人がドンドン話を進めてくのに入れずに居ると、騎士の男性はアレックスさんの肩を叩いた。 「お前の隊に入れちまうか」 「俺の? ……ですが、騎士ではない治療師が隊に所属するなど」 「前例ならありますよ、私が昔ライナス隊に所属してましたから。元より所属治療師は本来、部隊ごとに宛がわれてましたからね。今は治療師の数が増え教育の一環でこうなっていますが」 「えっと……どう言う、ことですか?」 おずおずと声を上げれば、アレックスさんが頷いてから僕に向けて優しく微笑む。 「イズルは俺の隊の所属治療師として迎え入れる、と言うことらしい」 「アレックスさんの……でも騎士ではないのに邪魔じゃ、ないんですか?」 「むしろアレックスがうろちょろ居なくなったりしなくて済むから、こいつの隊に入ってくれ治療師殿。副団長が居ませんって聞くのも飽きたとこさ」 はあ、とため息を溢す騎士の男性を無視したアレックスさんは握ったままの僕の手の甲を親指で優しく撫でた。 「アレックスさん……僕は、まだ未熟で回復だって一辺倒しか出来ない治療師です」 「君の自己評価の低さは驚きを通り越してしまう、だがそうだな、君が自分自身を誇れるように俺に今後の君の時間を貰えないか?」 「……人からの侮辱は甘んじて受け入れます、僕を信じて必要としてくれる貴方が居る。これからの時間は捧げます。僕に居場所を下さい、アレックスさん」 「ああ勿論だ、イズル。君が素晴らしい治療師だと誰からも、……イズル、君自身が思えるように俺がしてみせよう」 僕を治療師として信じてくれる貴方の期待に応えたい、それが叶う場所が欲しい。 そしてアレックスさんの評価に合う治療師になりたい、胸を張ってこの人の隣に立ちたい。 我が儘だろうか、それでもそれが良いと思うから。 「……あー、2人の世界に入ってるとこ悪いが、そう言うのは家に帰ってからしてくれや」 「おや、団長。馬に蹴られますよ」 「蹴られた方が良い、胸焼けして堪らん」 「す、すみません……空気も読めなくて」 「案ずるな、空気が読めないのは此処の野次馬たちの方だから」 「おーい、その野次馬の助言で2人の世界に入ったの忘れんなよー」 行こう、とアレックスさんに手を引かれ彼の横に並ぶように立つ。 「でも、本当に良いんでしょうか。騎士でもないのに」 「騎士にも回復魔法を心得てる者が居る、それが専属の治療師が居れば無駄な魔力を裂くことが無くなるだろう。むしろ歓迎するとも、これでわざわざ治療師を呼ばずに済むからな」 「そっか……鍛練や任務で負傷した際はすぐに回復出来るんですね」 「ああ、それに」 「それに?」 ピタリと足を止めたアレックスさんは僕の顔を見て、嬉しそうに笑った。 「イズルと四六時中居れると言うのは、嬉しいな」 すごい口説き文句が飛んできた、恥ずかしさで頭が沸騰しそうになりながら、「僕も、嬉しいです……」と聞こえないように返せば聞こえたのかアレックスさんは目を丸くしてから。 「……愛らしいことを言うのは、家に帰ってからにして欲しい。俺の心臓が持たない」 何でさっきから家に帰ってからなんだろうか、まだ街の暮らしに慣れなさそうだ。
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