事故物件と恋心

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◇  彼を初めて見たのは、電車の中でだった。  純朴そうな美少年。思わず自分が降りる駅とは違うところで下車してしまい、そのまま彼の後を追った。  五階建てのマンション。その四階の角部屋。私は彼の住まいを確認すると、それから毎日彼の動向をチェックした。  学生が多く住むマンションだからか、昼間はほとんどの人が学校へ行っている。  ある日の午前中、私は営業を装って彼の部屋の玄関へ行き、ピッキング技術を使い部屋に侵入した。  オートロックのない古いマンションは未だにディスクシリンダー型の鍵を使っているところも多いので、一分もあれば鍵は開けられる。噛み合わせが悪くなって鍵が開きにくくなるのは仕方がない。私のためだと我慢してもらう。  眼鏡を外してスーツを着れば、住人とすれ違ったとしても印象には残らないだろう。  部屋の中はまだ段ボールが残っていて、開けていないものもいくつかあった。賃貸物件を契約する際、鍵は二本渡されることも多い。引き出しの中にあったそのスペアキーを内ポケットにしまい、私は部屋の中に盗聴器を仕掛けた。  あとは、彼がいない間に部屋に入って少しずつ霊現象と思うようなことを起こすだけ。布団を捲ったり、物を動かしたり。  彼が違和感を感じ始めた頃に、私は彼の部屋に侵入して長かったときの自分の髪の毛をベッドに置いた。  それを契機にして、私との繋がりができたのだ。  何度も来ている彼の部屋に知り合いとして初めて入ったときは、興奮で頭がおかしくなりそうだった。  初めて見かけたのは、彼がまだ受験生だった高校三年生の秋頃か。  私は毎日同じように繰り返す日々に嫌気が差していた。つまらない業務に、不細工な同僚。上司の言葉はストレスでしかなかった。  そんなときに見かけた彼の存在は、私の人生を大きく変えてくれた。  彼の実家まで尾行したあの日から、私は全てを彼のために使う決意をした。そして留守中に忍び込んで家の至る所に盗聴器を取り付けた。戸建ての住宅はマンションよりも侵入しやすい。泥棒だった父の言葉が皮肉にも役立った。  その後、彼が地方の大学に合格して一人暮らしをすることを知る。  私は当たり前のように仕事を辞め、今まで貯めた貯金を使って彼を追った。まるでアイドルを追いかけるような感覚だ。  引っ越し先の街は都会と比べればかなり田舎で、縁もゆかりもない土地。知り合いもいないから彼のためだけに時間を使えた。  駿くんは近所のスーパーによく通う。そこでチャラチャラとした男性店員と何度も会話をしていたことを知り、私はそのスーパーで働き始めた。二十八歳という年齢は当然のように詐称した。自分の顔が童顔でよかった。二十歳でも通用するらしい。
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