事故物件と恋心

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「小田原って女の子が最近バイトで入ったんだけど、その子どうやら霊感があるらしくて」  グラスを傾けながら矢形さんはそう言った。茶色い髪はパーマがかかっているのか、うねうねとしている。 「俺もそれ聞いたことある」  矢形さんの隣にいた尾野さんも答える。  彼は頬がこけるぐらい痩せていた。二人とも俺よりも二つ上の大学生らしい。 「霊感ですか」  俺は半信半疑のまま声を返した。まだ二人を完全に信用したわけじゃない。それでも、この街へ引っ越してきたばかりの俺にとっては唯一の知り合いだ。  家の近所にあるスーパーに勤める二人とはよく話をする仲で、店員と客という立場だったが気さくに声をかけてもらったことから、こうして飯を食う間柄にまでなった。 「事故物件とかそういうのにやたら詳しくてさ、少しは助けになるんじゃねーかなって」  ガヤガヤとうるさい店内のテーブル席に男が三人。  大学生になってまだひと月も経っていない。知り合いも誰もいない土地での生活に苦労しながらも、初めての一人暮らしを謳歌していた。  オートロックも付いていない古いマンション。その四階の角部屋の1Kルーム。構造上その部屋だけ奥まっていて隣からは死角になっている。部屋にはベットとソファと本棚とテレビラックぐらい。  たぶん、普通の部屋のはず。しかし俺の部屋には違和感があった。  引っ越しをして一ヶ月ちょっと、最近おかしなことがよく起こる。  学校から帰ってきて部屋に入ると、なぜか台所の蛇口が少し捻られていて水がツーっと落ちていた。  別の日には家に帰ったときに直したはずのベットの布団が捲れていた。  極め付けは、今日起きたこと。   「髪の毛があったっていうのはヤバいな」  矢形さんがグラスを傾けながら呟く。  まだ家の中に誰も入れていないはずなのに、部屋の中で見たこともないような長くて黒い髪の毛が落ちていた。それがあまりにも恐ろしくて、俺は知り合ったばかりの二人に連絡をしたのだ。 「もう、マジで怖くて。事故物件だなんて聞いてないし、家に帰りたくないんですよ」 「そうだよな。俺だってこえーよそんなの。まあでもさ、とりあえず小田原に見てもらってさ、なんかわかるかもしれんしな」  尾野さんはスマホを操作しながら優しくそう言ってくれた。
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