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「でも……」と口にして、それきり言葉に詰まり。再び潤んだ目で、俺を見つめる松音を見て。俺は、何か言葉を続けようとする松音に近づき、その体をぎゅっと抱き寄せ。開こうとした口を、俺の胸で塞いだ。
「……わかってる。もう、何も言うな……」
俺たちは確かにあの夜、お互いの想いを確かめ合った。松音がどういう人間であろうと、どんなことをしてきたであろうとも。それもまた、「疑いようのない事実」だ。しかし、俺たちは……あまりに、生きている世界が違い過ぎた。
生きている世界が違うがゆえに、ひとたび俺たちが「遭遇」すれば。それぞれが生き延びるために、相手を消し去るか、もしくは「破滅」させるしかない。それが、俺たちの背負った宿命だ。俺たちはそうやって、ここまで生きて来て。そしてこれからも、そうやって生きていくのだろうから……。
俺は松音の体に手を添え、自分の体から少し距離を取った。松音は、今まで見たことがないほど、すがすがしい笑顔を浮かべ。
「それでは、勇二さん。どうか、お元気で……」
そう言って、俺に向かって深々と、頭を下げた。それは松音だけでなく、竹乃や梅香、3姉妹を代表する「長女」としての、俺に対する「別れの挨拶」であろうと思われた。
「ああ、それじゃあ……」
俺は、「いつかまた」と、喉元まで出かかった言葉を、寸前でこらえ。
恐らく、生涯忘れないであろう「彼女」に背を向け、マンションを後にした。
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