「彼女」の事情(1)

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「彼女」の事情(1)

「……こちらが、『桐原勇二探偵事務所』ですね。あなたが、代表の桐原さん……?」  その女性は、外国映画で見るような、高級そうな黒い帽子を目深に被り。そしてこちらも、古い外国映画で上流階級の女性が吸っているような、細長いキセルを片手に持っていた。その手にはご手寧に網目の手袋を付けており、これまた「外国映画仕様」と思える見栄えで、好きでやっているのか、それともわざとそんな風にして、本当の自分を悟られまいとしているのか。にわかには判断の付けようがないルックスで、俺の事務所にやって来た。  本気かどうかを伺おうとしても、肝心の目元も「外国製と思われる、高級そうなサングラス」で隠されていたので、正直言って、第一印象の段階では「お手上げ」の状態だった。かろうじて、年齢は恐らく20代後半から、30代前半かな……と推測するのが、精一杯だった。そして、サングラスをかけていてもわかるほど、くっきりとした顔立ちをした「美貌の持主」であることも、俺は密かに感づいていた。 「はい、私が桐原です。どうぞ、そちらにおかけ下さい」  とりあえず俺はいつものように、俺がいま座っているデスクの向かいにある事務イスを、彼女に指し示した。デスクの前には応接用のソファーとテーブルもあるのだが、そちらは雑多な資料などが山積みになっていて、とても腰を落ち着けられる状態ではなかったのだ。 「……名刺には『代表』と書かれていましたので、何人かの探偵さんが、在籍している事務所なのかと思っていましたが。どうやら、あなたお1人でやってらっしゃるようね? 私は、こちらで結構よ」  その女はそう言うと、資料の積み重なったソファーのひじ置きの部分に、「しゃなり」と腰を降ろした。俺とデスクを挟んだ近距離では話したくないのか、俺の指示した「いかにも事務用のイス」には座りたくないということなのか。多少お行儀悪いと言えないこともなかったが、ひじ置きに座って足を軽く組んだ彼女の姿は、何か「堂に入っている」ような感じを受けた。  なので俺も、「そこではなく……」とは言いだしにくく。「はい、そちらで良ければ」と、彼女の行動をそのまま受け入れることにした。最初から何かを否定したり疑ったりせずに、依頼人の「あるがまま」にさせておく。それが、「嘘か本当か」を見分ける最も効率のいい方法だと、俺はこれまでの経験から学んでいた。
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