彼女の「新事情」(1)

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 俺に依頼の件を話す時は、ぼかしていたが。おそらく松音も、竹乃と梅香に「いい人がいる」ことは気付いていたのに加えて。もしかしたらその「いい人」が、自分の恋人である一清という可能性もあるかも……? と考えたのではないか。  表向き松音の依頼は、野見山家の後継者問題に関わるという理由で、妹2人の男性関係と進行状況を調べて欲しい、ということだったが。それは同時に、一清のことを「疑った上での依頼」だったのかもしれない。そう、一清自身も言っていたじゃないか。『松音は、多重人格という自分の特色もあり、周囲のことに敏感に気を配るクセが付いている』のだと。だから松音も、竹乃と梅香が隠していた「恋人」が誰なのか、薄々感づいていた可能性は十分ある。そしてその「疑惑」を確実なものにするため、俺に依頼をしてきた。それが松音の、本当の狙いだったのかも……?  ならばやはり俺は、俺の調べたことについて、松音に正直に伝えるべきだろう。俺は改めてそう決意し、そして松音のマンションに行く、その当日となり。俺は事務所からではなく、自分のアパートでシャワーを浴び、身なりを整えてから出かけることにした。  鏡の前で、ネクタイの歪みなどを正している「自分」を見て。俺はその、何か気取った格好をした「自分」に語りかけた。  ……勇二お前、お見合いに行くんじゃないんだからな。わかってるな? 相手は依頼人だ。しかも、自分を失う可能性を秘めた、危険な状態にあるかもしれないんだ。お前の個人的感傷など、ここに置いていくべきものだぞ……?  心なしか、鏡の中の俺が「ふっ」と苦笑いしたようにも思えたが。それはとりあえず、心の中に留めておき。俺は、松音の待つマンションへ向けて出発した。
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