彼女の「新事情」(2)

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「お待たせしました、どうぞ」  松音は俺の手前にコーヒーの入ったカップとソーサーを置き、これもまた値段の張りそうなオシャレなデザインのガラステーブルを挟んで、俺の向かい側に「しゃなり」と腰かけた。考えてみれば、サングラスをしていない松音と向き合うのは、これが初めてだった。  サングラス越しでもそれと認識できたほどの美貌が、今はそういったフィルターなしで、目の前でにこりと微笑んでいる。俺は、ともすれば緊張感が高まりそうな胸の内を抑え、あえて「別のこと」から話題を切り出した。 「見た限りここは、かなりお値段の高いお住まいではないかと思いますが。松音さんは、ご実家を出て1人暮らしをされているのだとお聞きしましたが、どんなお仕事をされているのでしょう……いえ、もしお答えになりたくないのであれば、お答え頂かなくても結構です。ご依頼の件には、直接関係のないことですので」  俺は何気なしにそう聞いてしまったが、それは本当に「案件とは関係のない事項」だったので、松音が答えを拒んだらそれまでだと思っていた。だが、恐らくは実家を飛び出るように出てきたはずなのに、この「高級マンション住まい」は、何か違和感を感じるものでもあった。 「私の仕事、ですか……特に、隠し立てするようなことはないんですけども。正直いって私は今、いわゆる『決まった仕事』というものはしていないんです。こちらに出てきた時に、スカウトって言うんですかね? そういう方に声をかけられまして、ファッション誌のモデルみたいな仕事を紹介されて。その後も先方からのご依頼があれば、たまにそんなお仕事をさせて頂いてはいますけどね。  それを聞いて桐原さんは、無職に近い若い女が、こんな高級そうな部屋に住めるわけがないと、ますます不思議に思うかもしれませんが。私が実家を離れる際に、条件として、私の口座にはある程度の金額が定期的に補充されることになっているんです。とはいえ、それも野見山家の資産からすれば、『他愛もない金額』ですからね。  その代わり私も、住所を変更する時があれば必ず連絡をするようにとか、『消息不明』みたいなことにはならないようにと言われてはいますけどね。確かに、私1人が生活するには贅沢過ぎるかもしれないですが、田舎から出てきた若い女性が都会で生き抜いていくためには、かえってこんな環境の方が危険が少ないだろうと思いまして」
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