「彼女」の事情(1)

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「それでは。野見山松音(のみやま まつね)さん……で、間違いなかったですね? 宜しければ、ご依頼の内容をお聞かせ頂ければと思います」   俺がそう促すと、彼女……「松音」は、「ちらり」とテーブルの上を見て。それから俺に向かって、口元に少し笑顔を浮かべた。 「拝見したところ、桐原さんも相当に、煙草がお好きなようですね? 私がここで吸っても、かまわないかしら。まさか、依頼の件を話す間は禁煙ですとか、独特のルールはないですよね……?」  松音が視線を送ったテーブルの上には、来客用の間口の広い灰皿が置いてあったのだが、俺自身の吸い殻でいっぱいになっていた。灰皿を埋め尽くす煙草の銘柄が一種類なので、彼女も「俺が吸ったもの」だと見当がついたのだろう。それを見ていつも、依頼人が来る前にこういうのは片付けとかなきゃと思うのだが、なぜか次の依頼の時にはコロっと忘れてしまう。なんにせよ、彼女がここでキセルを吸うことに対し、俺が反対する理由はひとつもなかった。 「はい、もちろんかまいませんよ。それでは、ゆっくりお煙草を吸いながらで結構ですので。ご依頼の件について、宜しいでしょうか?」  俺の再度の促しにも、松音は俺を焦らすかのように、キセルを「ふう……」とひと口ふかしてから。ようやくといった様子で、「依頼の件」を話し始めた。 「私の実家、野見山家は、いわゆる『由緒ある名家』として、地元では有名な家柄でして。私の母親は数年前に亡くなり、父親も高齢になりまして、そろそろお家の『跡継ぎ』が欲しいということになったんですが。残念ながら両親には、長女の私を始めとして、次女の竹乃(たけの)、3女の梅香(うめか)という、3人の姉妹しか子供が出来なかったんです。  それで、やはり由緒正しき家を継ぐのは、『男子がいい』ということなんですね。これはもう、古くからのしきたりと言いますか、現代にはとてもそぐわない条件なんですけれど、田舎の名家ともなると、このしきたりに従わざるを得ないというのが現状なんですの」  由緒正しき名家に生まれた3姉妹の名前に、松・竹・梅か……。なんだか本当に、「横溝正史シリーズ」にでも出て来そうな内容だなと、俺は内心思いつつ。表面上はそんなことはおくびにも出さず、長女・松音の話の「聞き役」に徹していた。
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