紫煙の空から

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 おれは駅に着いた瞬間、逃げ出すように電車から降りた。小走りで改札を抜け、おれが向かった先は喫煙所だった。喫煙者特有の「ヤニ切れ」を起こしたのである。電車の中でコロナ扱いされて腹が立ちイライラしたのもあるが、血液中のニコチン切れでイライラしてきた上に瞼が重く眠くなってきたのだ。 所謂「ヤニ切れ」のサインである。 駅の喫煙所であるが、一昔前のように駅構内にはもう存在しない。駅周辺の開けた場所に硝子匣(ガラスケェス)のように隔離されて設置されているのである。 おれは喫煙所に入り、煙草を燻らせた。バージニア葉とバニラが混合された官能的な甘い香りがおれに快楽を与える…… 深く紫煙を吸い込み肺に入れ、それから紫煙を鼻と口から吹き出し吐き出した。先程までのイライラも消え、眠気も消えて覚醒状態へと近づいていく。 この一服の為に人生があると言っても良いぐらいだ。  おれは紫煙の雲上より降下し、帰宅することにした。帰宅したおれを出迎えたのは孫だった。孫は玄関前でぴょんとカエルのように飛び跳ねておれに抱きついてきた。孫とはおおよそ半年ぶりの邂逅である。 「じいじお帰りー!」 おう、よしよし。おれは孫の頭を優しく撫でた。すると、孫は一瞬だけ顔を歪めた。 おれは深く気にすることなく久々の孫の来訪を喜んだ。 「おう、遊びに来たんか」 「うん! ようちえん終わって、じいじん()遊びに来たのー」 おれはこれまで孫とは盆と正月と幼稚園の「じいじばあば触れ合いデー」でしか会ったことがない。こうして平日に会うことが出来て嬉しい限りである。 ちなみにだが、息子夫婦は車で一時間程度のところに居を構えている。もっと会いに来てもいいぐらいなのに盆と正月ぐらいにしか実家に来ないのは、息子の嫁が「旦那の実家に来る」ことを嫌がっているからだろう。現に今日も来ているのは息子と孫の二人だけだ。多分だが、息子の「親父に孫の顔を見せたい」と言う善意がなければおれは孫の顔を見ることは出来てなかっただろう。おれも会いに行きたいと連絡はするものの「家が散らかっている」「家族水入らずで遊びに行く」と何かと理由があり断られ続けている。
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