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彼女がまたこの店でバイトをしているなんて思わなかった
辞めたと聞いてはいた
それでも会えたらいいなと期待して何回か来ていた。
だから嬉しかった。
店長が彼女に声をかけている。
彼女がうなづいてバッグに下がったから、恐らくは休憩なんだろう。
トイレに行くふりをして彼女のあとを追った。
ノックして返事をしたのは彼女だった。
ドアを空けると
彼女がロッカーに囲まれたテーブルで賄いの丼を食べていた。
彼女は驚いた顔で俺をみた。
『お久しぶりです、エマさん』
『須藤君…』
何故?という顔をしている
そりゃそうだ、客で来てたんだから
『須藤君も頼まれたの?臨時のバイト、今から?』
ああ、エマさんはそれで働いてたんだ
『いえ、俺は、お客さんで』
エマさんの隣に座る
彼女が食べていたのは唐揚げ丼だ
店のメニューにはないやつ
きっとオーダーより多く揚げすぎたのだろう。
俺も賄いで時々食べたが卵でとじてあって甘くてうまいのだ。
じっと見ていたから欲しがっているのかと思ったのだろうか
『食べる?』
『うん』
嬉しくて何も考えられなかった
漆塗りのスプーンを渡されて
そのまま丼を食べた
やはりうまい
店に来て既に一時間
色々注文して食べてるから
腹が減っている訳でも無かったのに
つい食べ進めてしまった
残り一口になって気づく
食べ過ぎてしまった
焦った
慌てて彼女を見ると
そんな俺をずっと見ていたのだろう
まばたきをした。
『あっ食べていいよ』
『ごめん』
『あんまりお腹、空いてなかったし、大丈夫』
『めし、今度奢る』
『気にしないで、元々それ、お金払ってないし』
彼女は笑いながら立ち上がった
もう行くのか
俺は必死だった
『あのさ』
『え』
『大学で…わからないことあって』
『大学?』
『教えて欲しい』
『大学って、うちの大学?』
『そう、俺は理学部だけど』
エマさんは経済学部だ。
同じ大学なんだね。
彼女はにこやかに言った。
思わず俺も笑みがもれる。
『良いよ、校舎違うから、あんまり役に立たないかもしれないけど』
俺は、残りの一口を食べると丼を備え付けのシンクでさっと洗い流して、ペーパータオルで水分を拭き取りテーブルに置いた。
『連絡先、教えて下さい』
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