ハーヴィーが告ぐ。

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ハーヴィーが告ぐ。

 地球人が宇宙に本格進出を始めてから、数百年。  今や地球は、近隣にある惑星と交流するほどにまで文明を進化させていた。地球を訪れる異星人も少なからず存在している。まだ数十光年先の小さな惑星や小惑星、近隣に立ち寄った宇宙船程度しか交信できてはいないが、いずれワープ技術を開発し、遠く離れた年にも旅行ができるようになるだろうと言われていた。  ただ、他の惑星の人類と交易などを行うにあたり、一つ大きな問題があったのも事実である。  それは、言語。  いかんせん、異星人の使う言語は地球のそれらと比べても多種多様に渡り、難易度が高いものも少なくない。彼等とスムーズな会話をするだけで、人類はかなりの困難を強いられているのだった。  “こんにちは。”  “これが好きです。”  “これが買いたいです。”  “これはやめてほしいです。”  その程度の超簡単な日常会話くらいなら、現代の翻訳機でもある程度翻訳することができる。しかし、ちょっと複雑な言語や言い回しが混じるともうアウト。機械はエラーを起こしてしまい、担当者も貿易相手も頭を抱えることになるのだ。  それでも、どうにかある程度の交易がおこなえるようになったのは何故か?  ごくごく稀に――すべての異星人の言葉を完全にマスターできる、という特殊能力を持った人類が生まれるようになったから、である。  特殊翻訳能力者。そう呼ばれる彼等は、生まれついてあらゆる言語を理解することができ、それは異星人の言葉であっても例外ではない。同時に、自分が相手の言葉を話すことも可能。異星人との交流を行うにあたり、なくてはならない人材である。  彼等は生まれてすぐに識別され、将来“異星人交流窓口”の職に就くことが決定づけられる。本人のそれ以外の特性、趣向などは一切関係なく。 ――まあ、そういう運命だったってことよね、私も。  私、浅丘峰子(あさおかみねこ)もそんな特殊能力者の一人だった。  物心つく時には親から自分の特性を知らされ、自分がそういった特別な力を持ち合わせているのだと知らされた。そして、将来就く職業が既に決まっているということも。  まあ、特殊翻訳能力者は一億人に一人か二人という凄まじい確率でしか生まれないとされているのである。異星人との交流を深め、地球の文明をさらに発展させていくためにも必要不可欠というものだろう。  幸いにして、私は人と話すことが嫌いではないし、他にどうしてもやりたい事があったわけでもない。他の能力者がどうかは知らないが、私にとっては比較的適職だったと言えるだろう。地球に来る異星人たちの大半は今のところほぼ友好的な者ばかりで、役所に来るクレーマーの対応より遥かに楽であるようだったから尚更である(公務員になった友人から散々愚痴を聞かされていたので知っているのだ)。  それに、私は現在、日本に住む成人では唯一の特殊翻訳能力者である。外国にはまだ何人かいるが、日本であと二人見つかっている能力者はどちらもまだ子供で職業に就ける状況ではなかった。  つまり、これは私にしかできない仕事なのだ。そう思えば、優越感にも浸ろうというものである。 ――私はこの世界にとって最も役立つ仕事をしているんだわ。だってこれは、私にしかできないことなんだもの。  そんな風に誇りを胸に抱きつつ、この仕事に就いて十年近く。  その間に結婚もして子供も産まれた私は、仕事にも慣れて充実した毎日を過ごしていた。なんといっても、この仕事は非常に給料も高いし環境も良い(そりゃ、万が一にも鬱になられてやめられたら困るというのもあるのだろうが)。世間一般の人々の中でも、極めて幸せな女性の一人であるという自覚が私にはあった。  そう、そう思っていたのだ。 「やあ、ミネコ。君に会えて光栄だよ」  惑星国家・クリフト。  その星からやってきたという異星人、ハーヴィーと出逢ってしまうまでは。
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