夢中人散歩

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 薄手の大判のストールは母親がくれたものだ。シルクとカシミヤの。  ずっと昔、母親が夜、出かけていってしまうのが悲しくて、その豪奢な布を引っ張って呼び止めた。  母親はストールを俺の身体に巻き付けて、自分は何も巻かずに出かけていった。  母親の使っている香水をこっそりストールに吹きかけておくのは、ささやかな、今となってはどうでもいい習慣だった。  甘い匂いのとがったところが抜けて、自分の体温と混ざってくる頃の、いちばんさみしい時間帯のその匂いが好きだった。  ヒロは今日も夜勤だと言って出かけていった。  この部屋へ来て一週間。  まだたったの一週間。  だけど、一週間、毎晩夜勤というのはあり得るんだろうか。  信頼関係、とヒロは口にした。最初の日だ。  男に振られたんだって。  そのことを俺に内緒にして生活を共にするのは、信頼関係に関わるだろう、と。  一週間は、他人を信用するには短い。  ダイニングの椅子は不揃いだ。  ヒロはいつも背もたれのついた椅子を使う。アボカドグリーンのプラスチックのシェル型の椅子。  背もたれがついているとはいえ、寝るには適さない。  そこでうたた寝なんかしているあいつに、ストールをかけてやったのは、ほんの出来心。  目を覚ましたヒロは、そのストールの柔らかい手触りよりも、生地にうっすらと浮かび上がる二匹のレオパードの柄よりも、香水の残り香のことを口にした。  すごく良い匂いがする。甘くて良いにおいだね、と。

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