BAR『かげろう』

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「いらっしゃいませー」 「今夜は、飲まずにはいられない……」 「はい、どうぞ。何をご注文ですか?」 「だが……何を頼めばいいのか……」  男は空中(くう)を見詰めた。 「では、ビールなど、いかがですか?」 「いやいや、そんな気分じゃないんですよ……」 「失礼ですが、何か不祥事ですか?」 「そう、不祥事も不祥事でね……」 「はぁ……」 「とんでもない事……なんですよね……」 「そうでしたか……」 「多分……もうダメでしょう……」 「はぁ……」 「とんでもないミスしちゃいましてね……」 「そうでしたか……」 「大事な人の作品を、電車に忘れちゃって……」 「はぁ……」 「どうしても見付からなくて……。もうダメ……」 「……」 「だから、マスターから見た目で……適当なヤツを下さい‥‥」 「はい。では……」  とマスターは、グリーンの酒を差し出した。
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