第5話:怒りは悲しみを生み、愛は時に罪深く

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第5話:怒りは悲しみを生み、愛は時に罪深く

 悠人に忠告したあの夜から、どこを探しても悠人の姿は見えなかった。   「あいつ、一体どこに行ったんだ。……チッ。おい、お前ら! 腕が訛ってるぞ! そんなので魔物を倒せると思ってるのか! 何度も言わせるな!」    元々、目つきが悪いエルフィンは日に日に鋭く険しい目つきになり、率いている部隊の兵士達に向かって、すごい剣幕で怒鳴り散らしていた。兵士達は日を増して厳しくなっていく訓練に音を上げていた。 「エルフィン様、いつも以上に怖いな……お前もそう思うよな? 何かあったのかな?」 「――チッ。おい、そこ! 喋ってないで集中しろ!」 「はいっ!」  エルフィンは玉座の間での出来事や兄であるシュライツの発言にずっと疑問を抱いていた。  自分が率いている兵士達もあの夜から悠人の姿を誰一人として見ていないという。 (兄上、貴方は一体、何を企んでいる……) 「今日はこれで訓練終わりだ。各自解散」  エルフィンは兵士達にそう告げると、足早に城内にある庭園へ向かった。手入れがしっかりと行き届いた庭園を通り抜け、城内の外れにある魚の鱗のように形作られた木の屋根瓦が特徴的な木造小屋の扉を叩いた。 「おい、アスターはいるか!」  エルフィンは小屋の窓から中を覗いたが、誰もいなかった。庭園へ引き返そうと振り返ると、白髪で髭をたくわえ、テールコートを着たアスターが目の前に立っていた。 「坊ちゃん、どうされたのですか? いつも以上に目つきが悪うなっておりますよ。ふぉふぉ」 「あぁ、どいつもこいつも! それはどうでもいいんだ。あいつの事だ」  エルフィンは息を荒げながら、苛立っており、頭をガシガシ掻いていた。 「……悠人様の事ですか? それでしたら、中でお話しましょう」  アスターはエルフィンを小屋へ招き入れ、ハーブティーを出した。 「坊ちゃん、こういう時こそ冷静にならねば、助かる命も助かりませんよ」  エルフィンはハーブティーの香りを少し嗅ぎ、一気に飲み干し、深いため息をついた。そして、咳払いをし、アスターに事の発端から全て話した。 「どこを探しても、悠人がいないんだ。兵士達に探させても見つからん。……まさか!」 「エルフィン様。爺の勘ですが、悠人様なら城内にいらっしゃると思いますよ」  エルフィンはアスターの冷静な発言に唖然とした。 「私も捜してみますが、エルフィン様が捜された方が一番良いかと思います」 「それは分かっているのだが……」  エルフィンは眉間に皺を寄せ、足を揺すって苛立っていた。 「では、シュライツ様の兵士に聞いてみれば良いのではないでしょうか?」 「それだと兄上にバレてしまう……いや、待てよ。アスターの言う通りかもしれないな」  エルフィンは鼻で笑い、アスターの小屋を後にした。そして、夜も更け、月が傾き始めた頃に、シュライツの兵士が警備を担当している場所へ向かった。  エルフィンが警備場所である廊下を歩いていると、向こうからシュライツの兵士が二人で話しながら、歩いてくるのが見えた。兵士達はエルフィンの存在に気付いておらず、エルフィンは二人の兵士が通るであろうルートにある小部屋へ入り、息をひそめて、来るのを待ち構えた。 「いやぁ、今日も性人様のとこへ行って、あの絡み付く穴に突っ込みたかったなー」 「おいおい、お前も好きだなぁ。俺は性人様が喘ぎながら、俺のを咥えて、上目遣いしてニコッて笑うとこが好きだなぁ」 「そういや、今日はアイツらだよな……アイツらは性人様をすぐ殴ったりするからなぁ。お顔が綺麗な性人様が可哀想だよ。俺の好みの顔だから、殴らないで欲しいよ……」  二人の兵士は終始ニヤニヤしながら、悠人と交わった話をしていた。エルフィンは二人の兵士が小部屋を通り過ぎようとした瞬間、背後から二人の口を塞ぎ、小部屋へ投げ入れた。 「っ! 誰だ! って、エルフィン様! 夜分遅くにどうしたのでありますか」  二人の兵士は月夜の灯りで照らされたエルフィンを見て、すぐさま立ち上がり、敬礼をした。 「……今の話聞かせてもらったぞ。どういう事か説明しろ!」 「は、はいっ!」  兵士は悠人がシュライツの命令で地下牢に入れられている事、ピンク色の催淫ポーションで雌堕ちさせている事などをエルフィンに全て話した。二人の兵士は終始、声が震え、挙動不審だった。 「なんて卑劣な……今、ここであった事は絶対に口外するなよ。一言でも喋ってみろ、どうなるか分かってるだろうな?」  エルフィンは二人の股間をグッと握り締め、眉間に皺を寄せ、睨んだ。 「ひぃぃ、絶対に口外致しません!」 「――もういい、下がれ」 「しっ、失礼いたします!」  二人の兵士はそそくさと小部屋から走り去っていった。エルフィンは険しい表情でアスターの小屋へ足早に向かった。 「悠人……もうちょっとの辛抱だ。死なないでくれ」  エルフィンはアスターの小屋の前に着き、一回深呼吸して、扉を叩く。そうすると、中からアスターが出てきて、小屋の中へ招き入れる。エルフィンは椅子にどかっと座り、先程聞いてきた話をアスターに伝えた。 「なるほど……そうですか。なんて可哀想な事を」 「事を荒立てたくないんだ。くそっ! どうしたら良いんだ」  兵士から聞いた話を思い出し、エルフィンは憤りを感じ、拳を強く握り締め、テーブルを強く叩いた。沈黙が少し続きた後、アスターが喋り始める。 「確か、シュライツ様が率いる赤の騎士団は明日からヘレボルスの森へ遠征だったような……騎士団が出発してから地下牢に侵入するのはどうでしょうか?」 「そうだな、人気が少ない夜に悠人を助けに行こう。それで、お前も……」 「坊ちゃん、分かっていますよ。もちろん私も参りますよ。この私にお任せください。ふぉふぉ」  エルフィンはアスターの言葉に安心し、深々と礼をした。明日の作戦会議を手短に行ない、エルフィンは自室へ戻っていった。 「……エルフィン様。貴方様は助けてはいけない聖人様を助けるのですよ。その覚悟はおありなのでしょうか? 時に愛は罪深い。愛してはいけないのです、エルフィン様。あの方はもう聖人様ではないのですよ……」  アスターは帰っていくエルフィンの背中を小屋の窓から見つめながら、呟いた。
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