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弾ける人
「ねえピアノ、もっと音抑えて!」
「指揮とずれてるって分かんないの?」
「ミスらないでよ!分かりにくいわ」
偉そうにぐちぐち文句だけ言って、何も手伝わない奴ら。心の奥底にある真っ黒な気持ちが喉元までせりあがる。
でも、口を出せば私が弾かなくてはならない。
好きだったはずのピアノが嫌いになってから、純粋に笑えなくなってから……。
ピアノに近づくだけで涙が零れた。
ピアノの音を聴くだけで吐き気がした。
ピアノに触れるだけで呼吸が止まった。
でも、それは自分がピアノから逃げていたから。
押し付けられた幸せに反発したかったから。
神埼結愛。彼女のピアノは決して上手くない。
でも、彼女の音は彼女にしか出せない柔らかくて暖かくて優しい音。一度聴いたら絶対に忘れられない音。
心を折って欲しくないと思った。
この子の音は唯一無二だから。
「私が弾く。」
気づけば声を溢していた。別に彼女のためじゃない。友人だと認めた訳でもない。
でも、誰かのために動こうと思えたのは、これが初めてだった。
クラスメートは呆気にとられていた。
してやったりだ。
「み、美琴?でも、ピアノは……」
関係ない、過去なんて。
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