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嫌いだけど
「あ、ありがとう!」
「……」
この期に及んで、私は黙り込んだまま。
ふぅっと息をついて、ピアノの椅子に座ってみた。
指を鍵盤にのせると、ひんやりとした感覚が指を突き抜ける。
しなやかにさらさらと動く細い指。
鍵盤の上を自由に踊る。
騒がしい空間がうって変わって静まった。
前奏を奏でると、ハッとして皆が歌い始める。
私は指揮を見なかった。指揮が私に合わせていたから。
私は楽譜を見なかった。練習ですべて覚えてしまったから。
私は指を止めなかった。不思議と体が拒否しなかったから。
最後のフレーズが終わる。
しんと静まった空気が熱を帯びていくのを感じた。
「すごっ!やっぱ優勝者は違うねぇ」
「それな。凡人とはえらい違いや(笑)」
「これからも匂坂が弾けば良いんじゃない?」
そんな言葉が欲しくて、弾いたわけじゃない。
やっぱり、私は私のまま。誰の心に留まる訳でもない、ただ規則正しい旋律を奏でる指。
なんの感動も与えられない、その場しのぎの技術だけで構築された演奏。
繰り返すけど、こんなの誰にだって弾ける。
私だけの武器ではない。
そんなことを考えていたから、私は気づけなかった。
神埼結愛の、俯いた暗い表情は、目に入らなかった。
「これからも弾くなんて言ってないわ。弾くつもりもない。神崎さんにやらせれば?」
練習次第では、お前らでも弾けるし……という言葉は呑み込んだ。別に言ってやっても良かったけれど、必要がないから止めた。
「でも、神崎のピアノはダメだから」
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