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6話 歌詞の意味
俺は慌てて口を開閉する。こ、言葉が出て来ない。こんなところで上がってどうする。伝えたいことはいっぱいある。どうしてアールグレイを飲まなかったんだ俺。歌詞にあるだろう。君を応援したい、君の声をずっと聞きたかった。その言葉が全部喉で押し合う。どれから口にすればいいか分からず、語彙を結ぶことなく散り散りになっていく。息が、情緒不安定に途切れる。吃音を出したら恥ずかしいぞ。俺は三角に座ったままで足裏同士をむずがゆくこすり合わせる。
「君は聞こえたら駄目だったのに」
彼女は悲し気だ。そんな顔をしないでほしい。
俺は本能で話し続けなければと思った! この動画が終わるまでに。99時間だなんて見間違いかもしれない。この動画は1分49秒のはずだ。
「ほ、本名はいさみだろ?」
彼女になんてことを言うんだ俺。プライベートなことを話してどうする。彼女は困惑しているじゃないか。
「私が話せないことも知ってるんだ?」
俺は返答に困る。でも、どういうことだ。彼女は普通に会話している。
「な、なあ、聞こえたらいけないってどういうこと。ああ……何を言ってんだ俺。君の歌声に救われたよ。お世辞じゃなくてさ。俺も君を救いたいよ。こんなに良いものを持ってるのに、誰も動画を再生しないなんて」
一気に早口で話してしまい赤面する。
「嬉しい。聞いてくれて。だけど、あなたは聞いたらいけなかったと思う。ほんとに。それにいいの?」
「いいって? 何が」
「お母さんを置いてけぼりにして」
波の音が聞こえた気がする。
「歌詞の意味を考えてみた? 君、私のこと見てくれるのは嬉しいけれど」
「素敵な歌詞だと思ったよ」
情緒不安定な感じとか、好きだ。
歌詞
『下を向いた白い花をいくつも吊り下げ幾星霜。あなたの凍えた心の花瓶にアールグレイ。如雨露の雨の中で七つ数えて。まだ見ないでまだ聞かないで。慈しみ悲しみ痛い以来』
「下を向いた白い花は、たぶん。スズランのことだろ?」
「そう。花言葉は『純粋』『謙虚』『幸福の再来』。ここでは再来を強調してるの」
「へー。花言葉か。花瓶にアールグレイも面白い歌詞だよな。花瓶に水じゃないのかなあってずっと疑問だった」
「花瓶じゃなくてもよかったの。曲名は器だから。直前の詩がスズランの花だったから、そのつながりで」
「そういえば、曲名の『器』なんてどこにも出てこない。不思議な曲だと思ったよ」
「これが、何の歌か君は気づかないのね。この声が届いてしまったあなたは、もう戻れないわ」
「何のこと? いいよ。俺は君のために君の歌声を聞きたい。それができるのは俺だけだから」
「そこが問題なのよ。あなたは部屋から出られない。あなたのマンがは捨てられたんじゃない。お母さんは荷造りしているのよ。お母さんがあなたの部屋に踏み入れないのは、あなたを無視しているわけじゃない。お母さんにはあなたが見えないのよ」
「ちょ、ちょっと待て。なんでそんなこと知ってるんだ?」
「いい、教えるわ。私の歌は四十九日のことを歌っているの」
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