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誰かを『好き』という気持ちは、柔らかくて温かくて、幸せで。
――そして傷つきやすいものだと思う。
他の人に言われても、気にしないのに、好きな人に言われると気になったり、傷ついたりすることもあるだろう。
だから、基本的に愛想があるとは言い難い自分でも、好きと言ってくれる女子には、いつも出来るだけ優しく接してきた。
……たとえ、断るしかなくても。
瀬野と永井玲子が中庭に行った後、教室に残された林悠生は、瀬野の席に陣取って、相馬と話していた。
「永井さんもダメだろうな。瀬野って、高校入ってから相当な人数に告られてるけど、絶対OKしないんだよね」
俺なんて、何回橋渡しを頼まれたことか、と悠生が天を仰ぐ。
「ふーむ。興味がないのかね?それとも何かあったのか」
相馬が顎に手を当てて、考える。
「わかんないな。俺は高校からしか一緒じゃないし」
悠生が机に突っ伏して頬杖をついた。
「でも一度聞いたんだ。『なんで誰とも付き合わないんだ?気が合うかもしれないから、試しに友達からでも付き合ってみたらいいのに』って」
「ふむ」
「そしたら別に女嫌いとかじゃないけど、『思い出したくないことを思い出すから』って」
「……トラウマ系か」
「おっ、帰ってきた」
瀬野の背の高い人影が、教室の照明を遮って、座っている悠生の上に陰を落とす。瀬野はあまり顔に出すタイプではないが、どことなく沈んでいるように見えた。
「悠生、面倒かけてごめんな」
羨ましい奴だと思うが、めずらしく殊勝にされると、『このモテ男君が!』と囃し立てる気にもなれない。
「いや、いいんだ。オレが頼まれたんだから。――やっぱり振っちゃったのか?」
「うん」
「……。試しに付き合ってみようとか思わない?」
「思わない」
「……」
あまりに手応えのない答えに、『こいつは、もしかしたら永遠にこのままなんじゃないのか?!』と悠生は急に心配になってくる。
「もー。相馬、探偵なんだろ。なんとかしてやって!コイツこのままじゃ、そのうち魔法使いになるか、男に走るしかねーから」
「なるか!男に走る気もねーよっ」
うーんと腕を組んで、相馬が真面目に考え込む。
「それは探偵の仕事の範囲じゃないな……だが、事件と名を付ければいいかもしれないな。『瀬野史秋魔法使い化未遂事件!』とか」
相馬らしい返答に、ぶは!っと悠生が噴き出して笑った。瀬野の顔がビキッと凍りつく。
「オマエラ……ナグラレタイラシイナ?」
怒りで瀬野の音声がAI化しかけたその時、ガラッと教室を開けた生徒が、
「三組に転校生が来るってよ!」
と速報をもたらした。生徒たちの驚きと共に、教室がザワザワと騒がしくなる。
「転校生?」
「珍しいな。今の時期に」
相馬が感想を述べる。
「もうすぐ夏休みだもんな」部活の夏合宿を楽しみにしている悠生が、ワクワクしながら言う。ちなみに今は六月下旬だ。夏休みまで1ヶ月切っている。
「その前に期末テストだけどな」
現実を突きつけると、部活に精を出しすぎて成績がヤバいことになっている悠生が青ざめた。
ほどなく予鈴が鳴り始めると、「じゃあな」と悠生が席を立って、隣の教室へと戻っていった。
(今朝はなんだか、いろいろあって疲れた)
やっと静かになって、ほっと息をつくと、ちょうど担任教師が、転校生を連れて教室に入って来たところだった。
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