1章 

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 文芸部の部室へ向かう途中に、相馬から聞いた説明によると、相馬にかかってきた電話の相手は、相馬の幼なじみで文芸部部長の押井柚香(おしいゆずか)だった。  柚香は、校門のところで小学生と(おぼ)しき女の子に『今日、転校して来てるはずの、二年の春名周平はいませんか?』と聞かれたらしい。    彼女はここまで一人で来たと言い、引っ越して来たばかりのため、兄の周平がいないと帰れないと言う。  柚香は、幼い少女をこのまま一人にさせる訳にはいかないので、春名の妹を部室に連れて行き、相馬に春名周平を連れて来てもらうことにしたそうだ。 「ごめんね、なんか妹がいろいろ迷惑かけちゃって」 部室へ入るなり、周平が冷や汗をかきながら相馬と柚香に謝る。 「いや、構わない。妹さんが突然来たのは驚いたが、無事でなによりだ」 「麻里ちゃんも小学生と思えないくらい、すごくしっかりして可愛いから、一緒に話してて楽しかったわ」  柚香は、「ね?」と春名麻里(はるなまり)を振り返って同意を求める。春名麻里は、柚香の方を見ていなかった。正確に言うと、入ってきた瀬野を、じっと見つめていた。心臓の前で小さい両の手をギュっと握り合わせて。 (いや、知らない子だ…)    生来と思われる明るい茶色の髪は、肩より少し長いくらい。やはり天然らしく緩やかにウェーブしている。  大きくてぱっちりしたアーモンド形の瞳と色白に、血色の良い紅をさしたような唇。今は噛みしめるように、キュッと引き結ばれている。    はっきり言って、ちょっとその辺にはいない感じの、目立って可愛らしい子だ。会った事があるのならば、覚えているはず。 なのになぜ、知っているような気がするのだろうか? なぜ、痛いほど心臓が(つか)まれたような気がするのか。 「フミくん……」 (結衣(ゆい)……!)  頭に浮かんだ名前は、この少女とは似ても似つかない子のものだ。 もうこの世にはいない、たった1人の……。 「瀬野……?」 はっ、と視界が(ひら)ける。現実感が戻ってきた。  相馬が、蒼白のまま立ち尽くしている瀬野に近づいて、気遣わしげに声をかける。 「あ……」  だが、思ったように言葉は出てこなかった。 みんなが心配そうにみている。あの少女が泣いている……。 「悪い、ちょっと…体調悪いから帰る」  返事を待たずにそのまま背を向けると、ドアを開けて部室から足早に歩き去った。
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