プロローグ

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――放課後。 「えっ、ここ何の部屋?」  呼び出された林悠生がそう疑問を抱いたのは、無理もなかったと言える。 狭い部屋の中心に、会議用の長細い机が二つ並び合わせてある教室。その机の真ん中では髪の長い女生徒が、アルコールランプとか、三脚とかの実験道具を広げている。壁際には何やら本がぎっしり詰まった本棚が立っていた。  要素に統一性が無さすぎて、何のための部屋なのか判別し難い。 「もと文芸部の部室です。今は部員いなさすぎて、同好会になっちゃったけど」 「えーと、きみは…?」 「文芸同好会会長の押井柚香です。この自称ホームズ的男子の幼馴染でもあります…どうぞ」 「すごい美少女だが、自己紹介の意味がわからない…」 正直で素直な林の口からは、小声で本音がこぼれ落ちている。  自分が『美形(イケメン)』と評されることが多いからなのか、美少女に大した関心を払うことなく、瀬野は押井柚香が差し出した紙コップの中身を観察している。  紙コップに、アルコールランプで沸かされたフラスコから珈琲が注がれ、瀬野にも差し出される。 「これ飲めるの?」 「飲めますよ。実験器具で沸かしたってだけで、普通の珈琲です」 「ふーん…ミルクちょーだい」  やや怪しげな珈琲の存在に今ごろ気づいた林は、コーヒーミルクを入れて普通に飲もうとしている瀬野を横目に、あのフラスコはなんとかの溶液とか、なんかの培養液とかが入っていたんじゃなかろうか、と危ぶんでいる。 「瀬野ってけっこー神経太いよな…」 林の心の呟きは、瀬野には届かなかったようだ。 「で、なんでオレらがここに呼ばれてんの?――自称ホームズ的男子さん」 瀬野が珈琲を飲みつつ、本題に目を向けた。 「呼び立ててすまないね。だが事件の解決には、みんなで事実を確認し合う場が必要だよ」 皆に珈琲が行き渡るのを待っていた相馬燈は、相変わらず朗らかだ。 「余計なことすんなって言っただろ」 「――ワトソン、キミの推理は穴だらけだよ?」 「推理とかしてねえし」 「間違った推理は間違った結論に辿り着く。歪められた真実は、人を傷つけて人間関係をも歪めていくものだ」  椅子に深く腰かけている相馬は、組んだ両足の膝の上に乗せている右手の人差し指を挙げた。 「我輩が今からそれを証明しよう」
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