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「まず、今朝起きた、林くんと瀬野ワトソンの口論事件の概略を振り返ろう」
「口論の原因は、『瀬野がバレーボール部のレギュラー選手であるが大会直前にも関わらず、突然退部届けを出したこと』。それについて瀬野は『辞めたくなったから』、と説明し林くんは、『バレーボール部のみんなのためにも戻るように説得したい』と思っている」
「………」
瀬野はわずかな間、視線を伏せた。
「では、バレー部復帰は可能なのか?……それを判断するには、『退部理由の真実』の追及が必要だ」
相馬は視線を林に向ける。林は目を逸らさなかった。
「瀬野が退部届を出す前に遡ろう。林くん、瀬野について部活中に何か気づいたことはないか?以前とすこしでも変わったこと、一見関係なさそうなことでもいい」
「1か月くらい前だ。練習中に、オレがバランスを崩したのに巻き込まれて、瀬野が怪我したことがあった」
言葉を切って、瀬野を向いた林が言う。
「………退部のこと、もしかしたらオレが怪我させた事と関係あるのか?」
瀬野はすぐに否定する。
「それは関係ないよ。オレは断ったのに、お前が一応病院行こうって、竹村整骨医院に一緒に行っただろ。医者のじーさんが足首はただの捻挫だって言ったのも聞いたはずだ。部活は2日休んだけど、3日目から復帰したし」
「そうだな。オレが気がついたのはそれくらいだ」
息を吐いて、林は相馬に話しを返した。
「ふむ。では瀬野自身に限らず、瀬野の周りの人間はどうだった?何か普段と違う行動をした人間がいたのではないか?」
しばらく長めの沈黙が続いた後、向けられる相馬の視線に耐えかねたように、ボソボソと悠生が話し始めた。
「……そういえば、マネの紺野さんと瀬野のことがしばらく噂になってたな。よく2人きりで話し込んでたり、街で私服で二人で歩いてるの見たやつがいて、付き合ってるんじゃないかって」
「……え?」
不意をつかれて、瀬野の口から驚きの声が洩れた。
「でも、それからすぐ瀬野が部活途中で頻繁に早退したり、休んで来なくなって退部して…レギュラー選手がいなくなって、そっちの方が大ごとだったから立ち消えになったけど」
柚香が確認するように口を差し挟む。
「紺野さんて、3年のバレーボール部の部長の、宮市先輩と付き合ってる子よね。ニ組の紺野詩織ちゃんでしょ?」
「………」
「………」
「つまり、部長の彼女に手を出して、部活に行きづらくなり、退部した…と?」
「え……」
「だとしたらサイテーね」
断定されるに至って、瀬野が激しく否定する。
「いやいやいや!違う!それは断じて違うぞ」
「そんなこと信じたくないけど、瀬野くんて女子に人気あるしね。去年のバレンタインは、ロッカーにコッソリ入れられたチョコレートが授業中に雪崩れをおこして、なぜか瀬野くんが先生から怒られたとか」
「違うっつてんだろ!他人事だと思って、適当にダメ押しすんな!」
柚香は、意外にもあっさり引いてみせた。
「冗談よ。そんな人なら燈が親友とか言うはずないしね。燈は人を見る目だけはあるから」
「だけ、というのは心外だな。他にも色々あるぞ。知力とか魅力とか。我輩に足りないのは、視力と運動能力くらいだ」
「溢れ出るヘンな個性とかもな」すかさず瀬野が付け加えた。
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