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1章
眩しい朝の陽射しの熱さが、早くも夏の気配を感じさせる、六月下旬。
ここ二年三組が、瀬野史秋のクラスである。
瀬野は教室のドアを開けると、朝の挨拶が行き交う教室の中を、それぞれに返しながら自分の席に向かった。
「おっはよー!」
「おー」
「瀬野くん、おはよう」
「おはよ」
「おはよう、マイワトソン」
「ワトソンじゃねぇ」
新学期以来、名前の順のまま、相馬燈の前の席が瀬野の席になっている。
「早いな」
相馬は朝が強いらしく、いつも先に来ている。
「『早寝早起き•優良睡眠』は、明晰な頭脳を保つ基本だからな」
「ふーん」
朝っぱらから全開な相馬節を普通に聞き流していると、教室のドアがガラッと開いた。
「瀬野っ」
ドアから顔を出した林悠生が、こっちを見て『来い来い』と手招きする。
「おっ、林くんではないか」
「ちわっす!」
先日の事件以来、悠生や他のバレーボール部の部員たちと和解できたため、顔を合わせれば雑談するようになっていた。なぜかバレーボール部ではない相馬もその中に入っているが、それはまあ良しとしよう。
「どうした?」
「悪い、たのまれちゃってさ。同じクラスの永井さんから呼び出し」
悠生は隣のクラスなので、二組の永井さんということになる。
名前に聞き覚えはあったものの、すぐにどんな人物だったか思い当たらなかった。
悠生の後ろの、廊下にいる女子から強い視線を感じて、目を向ける。
(彼女が『永井さん』?)
一見してやはりその容姿に見覚えはない気がした。
「中庭に来てほしいって」
「ああ、OK。悪いな」
蛇足だが、このパターンは初めてではない。
こんなことをいうと、嫌な奴、と思われそうだが、彼女の期待と不安が入り混じった眼差しと、上気した顔。手間暇かけて綺麗に整えた髪から、用件の内容は経験則でほぼ見当がついてしまった。
それに、彼女に見覚えのないと思う理由も、すぐに思い当たった。
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