プロローグ

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プロローグ

   六月。私立誠華高校の朝陽に照らされた渡り廊下。生徒たちが笑ったり挨拶をかわしながら、いつものように登校する。 「おい、瀬野!待てよ」 背後から呼び止めた声は、そんな平和な空気を少しばかり揺らして、通り過ぎる幾人かの視線を集めた。  瀬野史秋(せのふみあき)は、上背のある半身をわずかしか振り返らせずに、それでも足を止めて答える。 「退部理由はもう話しただろ。バレーすんの嫌になったんだ。それ以上言うことなんかねーよ」  同級生の林悠生(はやしゆうき)は、おそらくこう言っても引き下がらない。予想がついたから、話す声が意図したより低く早口になった。 「ふざけるなよ。2年のお前がレギュラーになったから、外された先輩だっているんだぞ!それを大会の直前で、退部するってなんだよ!」    それは、バレーボール部の仲間にとって迷惑でしかない。時間と労力をかけて練習してきたレギュラーチームの連携は、選手交代して簡単に取り戻せるものではないのだから。 「……なんか理由があるんだろ?言ってくれよ。あんなに一緒に頑張ってたじゃないか。でないと納得できない」    それでも納得してもらわないといけない。恨まれるのを覚悟で言い切らなくては。瀬野は林を振り返って対峙した。 「……理由なんてないよ。もう辞めたかったんだ。そんだけだよ」 「———」  重い沈黙が二人の間を埋めようとした時、急にその場に明るい挨拶が投げ込まれた。
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