蝿の落し物

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「なぁ…それ、どうするつもりだよ」 「……自分の研究成果をどうしようと俺の勝手だろ」 鍋島(なべしま)大気(たいき)が研究室に入ると、同級生の刈谷(かりや)(そら)が険しい顔でパソコンからUSBメモリを抜き取っていた。そこには大学時代から生物学を専攻してきた二人が院生になってやっと実証まで漕ぎ着けた大切な研究データが入っている。それを知っている大気は詰め寄らずにはいられなかった。空はぶっきらぼうに答え、あからさまに顔を逸らした。 「教授に伝えるタイミングは二人で相談して決めようって言ってたじゃないか!!」 「お前は俺より頭いいんだから…いいじゃねえか。一つくらい俺にくれたってさ」 目からふっと生気を失くし俯く空の言葉に大気は耳を疑った。一つだって!?これまでの苦労を他の誰よりも分かってくれているであろう空にだけは言われたくなかった。瞬間、大気の頭にカッと血が昇った。猛烈な怒りが襲う。初めて味わう感覚だった。気づけば近くにあった硝子の花瓶を逆さにし、空に向かって振り上げていた。 「お前っ…!!よくもっ…!!」 殺してやる!そう思った時だ。 『オイオイ…流石に、これはやべーって。ちょ。とりま切っちゃう?そうしよ』 機械で加工したような小さな金切り声が聞こえたと思ったらプチッと何かが切れる音がした。すると、先程まで体中に立ち込めていた怒りがすっかり消えている。空はといえば「悪かった…許してくれ…」と繰り返し唱えながら頭を押さえて蹲り震えていた。その声は湿っている。 大気は花瓶を手にしていることに気づき、慌てて元の場所に戻したが、足元は、それに入っていた花と水がぶちまけられており悲惨な状態だ。危なかった、と思った。 (危うく殴ってしまうところだった…) 冷静にならなければいけないと、とりあえず花だけを花瓶に戻し、隅で蹲る空を残して彼は部屋を出た。あとは太陽が何とかしてくれるかもしれない。それより今は木陰で風にあたりたい。
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