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高校に入った時、ある噂を耳にした。
それは、高校2年の古典の授業で起きてられる者は誰もいないというものだった。
誰から聞いたわけでも無いが、学校の七不思議の一つのようなものになっていた。
そして、皆はそれを睡魔の時間と呼んでいた。
初めはそんな噂私は信じていなかったが、私にはある特技があった。
それは、授業中に絶対に寝ないということだ。
寝ないからといって、真面目に授業を聞いている訳ではないし、眠くならない訳でもない。
だが、中学生の頃に授業中に眠くなれば、授業とは全く関係ない事を考えたりして、眠気とおさらばする、という特技を身に付けたのだ。
こんな特技始めは何とも思っていなかったが、この特技のおかけで私はある事に気付くきっかけになるーー
◇ ◇ ◇
金曜日の1限目、寝てくれといわんばかりの時間に、古典の授業は設定されている。
「うわぁ今から睡魔かー」
「マジで怠いよねー。」
「どうせ答え配るんだし授業聞く意味ないだろ」
「ハハハ…確かに。」
授業が始まる5分前には、あまり仲良くも無い隣の席の男子と、いつも同じような会話をしていた。
古典の授業は少し変わっている。
あらかじめ括弧穴埋め式のプリントが配られ、
授業でその穴埋めの部分が説明される。
授業後に、先生は教卓にプリントの答えを置いていくので、仮に授業に寝ていても後で自分で穴埋めすれば良いのだ。
私自身もこの授業は憂鬱に感じていて、いつも先生休まないかなーと考えている。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
そんな事を考えている間に5分は過ぎ、1限目始まりのチャイムが鳴り響く。
悲しいことに、チャイムが鳴り終わるとほぼ同時に先生は教室に入ってくる。
「それでは授業を始めます。教科書の26ページを開けて下さい。」
古典の授業の始まりに挨拶は存在しない。
初めての授業の時、委員長が挨拶をしようとしたが、結構です。と一言言われていた
また、もう一つ変わった事がある
先生は基本的に、いや絶対にプリントしか使わないし、穴埋めの説明しかしないのにも関わらず、教科書を用意させるのだ。
そして、開かせるページはいつも26ページ。
なぜ26ページなのかは、今まで授業を受けてきても分かっていない。
やっぱり今日も26ページかと考える間もなく、私の手が勝手に26ページを開いていた。
というより、全員が同じように開いていた。
「準備出来たようなので、今回配布したプリントを説明していきます。まず、最初の穴埋めには…」
また、いつもと同じような授業が始まったと皆思っているだろう。
先生は授業を始めると自分だけの世界に入る。
黒板に説明しているのかと思うほど、生徒の方を振り返ろうとはしない。
あぁ、また自分の世界に入ったなーと心の中で思いながら、私はこれまた可哀想な、1限目から体育の授業を受けているクラスを窓から眺めていた。
私の席はラッキーにも1番後ろの窓側の席なのだ。
こんな朝が1番冷えるような12月に、朝から体育なのは正直同情するが、1限目から古典の授業だとこのクラスの子に言えば、同じように同情して貰えるはずだ。
どっちもどっちだな、なんて考えていると、授業が始まって10分が経っていた。
窓に向けていた視線を教卓側に戻すと、相変わらず先生は黒板と話していた。
変わったことといえば、すでに10人程度が動きが定まらない振り子に変わっていたことだ。
後ろから見れば結構面白いな、なんて思いながら、黒板に書かれている穴埋めの答えを自分のプリントに書き写す。
もう私もいっその事寝ようかな…そんな事何度考えたことか。
授業中寝ないままでいるのは結構疲れるが、寝ようと思えば今にでも寝れる自信はある。
だが、私には寝れない理由があった…
その後10分後に10人、さらに10分後に10人、そのさらに5分後に最後の3人、私以外皆夢の中に消えていった。
今日は結構時間かかった。
これまでの最高記録は15分だった。
どんな授業をすればこんな事態になるのかと、客観的に見れば思うかもしれないが、私も初めはそう思っていた。
初めてこの状態になったときは驚いた気持ちしかなかったが、2回目、3回目になると、先生の口から催眠ガスでも出ているのか、なんて考えたくらいだ。
でも、もし催眠ガスが出ているのだとしたら、私が起きているのはおかしくなる。
なぜなら、私が起きてられるのは化学薬品を跳ね飛ばすような能力を持っているからではなく、ただの特技だからだ。
それに、催眠ガスなら皆振り子にはなっていないだろう。
というより、先生は黒板の方を向いてるんだから催眠ガスが出ていようが効果は薄そうだな…
そんなバカな事もよく考えていたな、と思い出し笑いをしているうち、あっという間に50分が経っていた。
辺りを見渡すと、また同じ光景が目に入る。
振り子が不規則に動いている。
この前友達に聞いた所、頭をカクカクさせながら寝ている時は無意識らしく、寝ている実感は無いそうだ。
そのため、授業が終わった後に白紙のプリントを見て寝てた事に気づくらしい。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
静かな教室に、うるさいぐらいのチャイムが鳴り響く。
1限目の授業の終わりのチャイムと共に、不規則な振り子の揺れも収まる。
「今日の授業はここまで。さっき説明したプリントの答えは教卓の上に置いておくので各自とるように」
もちろん終わりの挨拶も無い。
先生が出て行ったと同時に、さっきまで寝ていたとは思えないスピードで、皆プリントを取りに行く。
1秒でも長く、今から始まるこの短い休み時間を堪能するためだ。
私にはそのプリントは必要無いので、次の授業の準備のためにロッカーの方に足を進める。
古典の授業は誰一人として起きてられない…
…そんな噂誰も信じないだろう
ふと、足を止め後ろを振り返った。
教卓の周りには、バーゲンセールのように人が溢れ返っていた。
「何もそんなに急がなくても良いのに…」
無意識な私の呟きは、誰の耳に届くことはなく風に乗って消えていく。
私はその光景を見ながら、ふとさっきの授業を思い出す。
あの噂が本当ならば、噂の事を知る者など誰一人としていない…私以外は。
私は不敵に笑みを浮かべる。
この瞬間、皆が一斉にプリントを取りに行く瞬間、私が誰よりも早く教室から出て行く瞬間、すべてで私は表現し難い優越感に包まれる。
誰も見ることはない、誰も知ることはない…
この噂の真実を知ることは、私にしか出来ないことなのだ。
そして、この噂を流していたのは一体誰なのか…
教室を背に歩き出す。
次の準備をするために向かったロッカーに着いた時、私はまた不敵な笑みを溢していた。
……それも私にしか分からない事だ。
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