命さえも

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 二年前の私は、まるで落雁(らくがん)のような人間でした。  何をするにも心が痛みます。陸に上がった魚のように、ただ息をするのに一生懸命。布団に眠る胚から朝起きて「人間」になることが、私の心をずしりと重くするのでした。  世界は残酷で満ち溢れています。どんなに綺麗事を持ってきて美しく飾り立てても、世間は厭らしい三日月が跋扈(ばっこ)しています。  誰もが目を背ける背後を見下ろすと、同胞たちの骸の群れが、気の毒そうな、心配そうな眼窩をこちらに向けています。彼らは哀れんでいるのです。この穢土で生きることを強制されている、不自由な命たちに。  この世界には見えないが至る所に隠されており、私の肌を刺すのです。  音が私を傷つけます。文字が私を傷つけます。空気が私を傷つけます。有が私を傷つけます。無が私を傷つけます。人が私を傷つけます。  どうやら他人には、この見えない針が分からないようでした。  この世界では、違うというだけで罪だったのです。  傷が増えるごとに心の彩度が薄れ、代わりに黒ずんだ泥が溜まっていきます。私の胸の内にあるものは悲しみだけでした。  ただでさえ違う存在なのに、心を外側に向けなければ、何かを築けるはずもありません。結局私は自分を守っているようで、自らその背を針へと近づけているようなものでした。迎合することも背くこともできないまま、私は息を詰まらせていました。  痛みに耐えて歩きました。泥を吐き出せないまま眠りました。他者と断絶された部屋の中でさえも、何故か心がひどく痛く、四六時中嫌な記憶が勝手に蘇ってくるのでした。
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