命さえも

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 若草色の草原で、たくさんの真っ赤な玉が空を見つめています。空は青く澄み、そこかしこから生命の芽吹きが感じられます。月日は巡り、またここに春が訪れました。  ここに戻ってくるまで、随分と時間をかけてしまいました。けれど、何とか間に合ったようです。あの愛らしい花たちは、まだその茎に留まっていました。  本当は、飛んでしまっていたらいいのに、と願っていました。もしあの花がなければ、あなたと見たあの景色を、思い出を、あの頃のままにしておけます。  実は家を出る前も、足がひどく竦んで震えが止まりませんでした。あの記憶が、私が前に進むことを拒むのです。幸せだった記憶に縋るのは、いけないことなのでしょうか。  そっとしゃがみ込み、その丸い花に指先を当ててみます。  深紅の風船は、飛び立つ時を今か今かと待ち構えているようでした。
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