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両手で胸の辺りを押さえても、鼓動が遅くなることはない。
冷や汗が背中を伝う。
両手を組み、そっと瞳を閉じる。
脳裏にはルーカの姿がしっかりと焼きついていた。
(アマリア、落ち込まないで。元々、わたしにはもったいないくらいの婚約者様だったのですから)
動悸が収まるまで、アマリアは自らに言い聞かせ続けた。
◆
事件が起きたのは数日後のことだった。
「アマリア・フォンターナさん?」
階段の踊り場。
透き通るような大声に呼び止められてアマリアが振り返ると、下の方に朱い髪の女子生徒が立っていた。
「ようやくお会いすることができました。初めまして。わたくしは隣国から来ましたマルティナと申します」
漆黒の瞳、はっきりと整った目鼻立ち。気品だけではなく艶やかさもある。優雅な微笑みを浮かべて、マルティナはアマリアを見つめてきた。
その後ろでは護衛がふたりのことを見守っている。
(まさか、王女様自ら会いにこられるだなんて)
アマリアの心臓が大きく跳ね、急に指先が冷えていく。
地位が上の者から挨拶をされることは、この国では『上位の者が下位の者を認識した』という意味でもあり、直ちに挨拶を返さなければならない。
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