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不可抗力で誘拐され続けている。
「流しそうめんってしたことあります?」
「あるように見えるか?」
食卓のうえには、流れるプールのミニチュア版みたいな卓上流しそうめん機が乗っている。湯がいて締めた白い糸が、高低差もない水面をゆらゆら流れていく。
「いや、田舎のばあちゃんちで竹切ってんのも結構似合いそうだなって」
「いまどき、田舎で竹があっても流さないんじゃねえの?」
「そうかなー」
「あんたは?」
「初体験っすね」
狙いを定めて、箸をしずめる。通せんぼするように突き立てた二本の棒の間を、滑りを増した麺がつるんとすり抜けていく。苦戦していると、男が割り箸を持ってきた。負けたような気がするけれど、背に腹は代えられない。
男が商店街の福引で当ててきた機械は、思ったよりも楽しかった。なんというか、ショーケースにならぶ食品サンプルを食べているような、食べちゃいけないものをこっそり食べているような、いけない気分になる。
「それで、今日の進捗は?」
「あーまあぼちぼちっすね」
本当は収穫ゼロだった(というか途中から昼寝していた)ことはもちろん秘密だ。
「そっちは?」
「まあぼちぼち」
「いや、そっちはダメでしょ。仕事だし」
「締切に間に合えばいいんだよ」
きれいな箸さばきで掬い上げた白い麺を、トマトと海苔のうかんだつゆにつけて吸い込む。ちゅるんと消える最後の一瞬、うすいくちびるを麺が叩く。
薬味は五種類。ネギ、海苔、納豆、ミョウガ、そしてトマト。
目の前の男が麺つゆにトマトをぶち込んだときは、気が狂ったのかと思ったし、今でも正直、ありえないと思う。
『――続いてのニュースです。○○県××市で今日未明、未成年者誘拐罪の疑いで容疑者が逮捕されました。被害者は隣町に住む十五歳の少女で、調べによると二人はSNS上で知り合い――』
ぴ、とチャンネルが変わる。若手芸人の、気まずい空気を吹き飛ばさんという力強い笑い声が響いてくる。うん、リモコンは今日も元気に働いている。
「トマト納豆、イケるぞ」
「まじ信じられねえっす」
男の顔に動揺はない。だから、何ごともなかったように食事を再開する。
流が、この親戚でも友人でも知り合いでもない男の家で暮らし始めて、今日で十日になる。
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