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連れて行かれたのは、ちびまる子ちゃんとかのび太くんが帰ってきそうな、年代を感じさせる一軒家だった。
簡単にピッキングできそうなおもちゃみたいなカギを開けると、大人二人が並んで靴を履けるくらいの三和土が広がっている。年月の染みた板張りの廊下、日に焼けた漆喰の壁。
「すてきなおうちですね」
半分くらいはお世辞だったけれど、もう半分は本心だった。生活の跡で彩られた室内には、抱き込んだ者のくつろいだ気配が深く根を張っている。
マサキは黙って、ただいまも言わず靴を脱ぎ捨てる。いやいや、ご家族とか。流は慌てて靴をそろえると、できる限り気配を消してマサキの後ろをついていく。
「あのー勝手に入っていいんすか?」
「あ? オレんちだよ」
「いや、家族とか」
「いねーよ」
階段わきの短い廊下を過ぎると、突き当りに台所が見えた。その手前の左手側、ちょうど階段の下にあたるとびら開くと、洗面所と風呂が顔をのぞかせる。
「制服、乾かしてやるから風呂入って来い」
「あざっす。何時までに上がればいいっすか?」
「は?」
ん?
流はぽかんと口をあけて固まるマサキを見つめる。答えを待っていると、マサキはあー、と斜め下を見つめ、別に何時でもいいよ、と言った。
「オレはもう入ってたから。そんなぬれてねえし」
「わかりました」
じっとりと湿った制服を脱ぐとさすがに一瞬、身体がふるえた。
浴室はリフォームしているようで、木のぬくもりを基調とした空間は、家の外観からは予想もつかないほどきれいだ。熱いシャワーを頭から浴びると、ほっと筋肉がほぐれていくのを感じて、やっぱりどこかで緊張していたんだと気づく。
可能性は三つだ。
①夢。
②町全体を巻き込んだドッキリ。
③尾幌マサキの小粋なジョーク。
ぼんやり流した泡が目に入って、流は右目を押さえてもんどりうった。
①はなし。じゃあ②?
駅前の電光掲示板を借りるのにどのくらいの金がかかるのか知らないけれど、それだけのコストを掛けてもらうほどの知名度は流にはない。いや、なくもないが、こういうのじゃない。
じゃあ、③か。でも、電光掲示板は?
それに初対面の他人にウソをつく理由もわからない。それも、家族が危篤でとか、お金がなくてとか、勉強できるようになるよ、とかじゃない、十五年後だよ、なんてなんの得にもならないウソを。
考えながら、液体せっけんを体にこすりつける。さっぱりとした匂いが普段使っているものと違って、また混乱する。もしかして、高いやつかな。そう思えば泡立ちも、こう、食器洗い洗剤みたいにもこもこしないし、いかにも天然素材って感じのひかえめさがある。
こっそりボトルを確認する。そっけない黒文字で、『コンディショナー』と書いてあるボトルを、流はそっとラックに戻した。
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