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 五時の始発で帰るのが最善なんだろう。ここは他人の家で、マサキは流にとって何にも関係のない人で、だからあまり、迷惑になってはいけない。  けれど、帰るってどこに? 「気が済んだら出て行って」  くわっとあくびをして、マサキは立ち上がり、ついてこいと顔を傾ける。  洗面所(乾燥機のなかで流のパーカーが回っている)、トイレ(古い暗い怖い)、玄関の合鍵(植木鉢の下に隠すってホントにやる人いるんだ)、それから客室。  居間から続く六畳ほどの畳の部屋には、まだ潰れていない布団が敷かれていた。 「客用のやつ。しばらく干してなかったけど、まあカビてはないだろ」  好きに使え。オレはもう寝る。  そう言い置いて、マサキは二階の自室へ引っ込んでしまった。だるそうに階段をのぼる(マサキの自室は二階にあるらしい)足取りは、演技でなく眠そうだ。意外と、早寝早起きタイプかもしれない。湯飲みを流しに置いて手持ちぶさたになった流は、ひんやりとしたシーツの上に倒れ込んで考える。  三十歳って言っていたけど、仕事はしているんだろうか。流の父親みたいな、サラリーマンではなさそうだ。公務員でもなさそうだし、自営業とか?  身体は疲れを訴えているのに、頭だけはスイッチがぶっ壊れたみたいにギラギラと冴えていた。とても眠れる気がしなくて、流は布団のうえにあぐらをかいて部屋を観察する。  普段は物置として使われているような部屋には、壁に沿うように本やら雑誌やら新聞やらが散乱していた。手を伸ばして、一番上に載っていた紙面を広げる。インクを吸ったやわらかい手触りの新聞紙には、何度見ても、流の知らない年号が書いてある。  しばらくして、ちいさなメロディが聞こえてきた。  流はそっと体を起こすと、洗面所に向かう。乾燥は思っていた以上にしっかりされていた。取り出したばかりの、熱いくらいのパーカーを身にまとい、鴨居から制服を外す。ぴったり肩のラインにハンガーが沿わせてある。乱暴な口調とは裏腹の、丁寧な掛け方に笑ってしまった。  いい人だと思う。常識があるとも。いつまでもいていいよ、と彼は言わなかった。だからこそ負担になってはいけない。  それに、いい人は簡単に裏切ることも、流はよく知っている。  身支度を整えると、少し迷ったあと、新聞紙の一部を破ってそのへんに転がっていたボールペンでお礼を書き、畳んだ布団の上に置いた。  玄関は気の早い太陽に照らされていて、白々とつめたく光っていた。夜中についていたオレンジの光とは大違いの、他者をはねつけるような光だった。その場違い感に背中を押されるように、流はそっと家を出た。
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