3.今日から私は

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3.今日から私は

「なんか、思ってたのと違うっすね」  準備運動が終わり、パートごとに分かれて色々教える時間が設けられた。オーボエパートは3年1組の教室をあてがわれたので室井君を連れていって椅子に座らせると、ボソッと言われた。うわ、どうしよう。辞めないで。 「……どう違うの?」 「なんつーか、もっとゆるいのかと思ってました。中学の時なんか、準備体操とか腹筋とかやんなかったし。俺、大会とかよく分かんないし、楽器吹けるだけでいいんすけど、それじゃダメっすか」  今、初めて室井君と目が合っている。どんよりと曇った瞳から、若々しさというか、若者特有の覇気が一切感じられなかった。入学して2週間しか経っていないピチピチの高校1年生だというのに、雰囲気は仕事疲れしたサラリーマンである。表情に出ないだけで、本当はさっきの準備運動がキツかったのかな。 「私もね、最初は戸惑った。ただオーボエが吹ければいいって思ってたのに、本気でラジオ体操なんてしなくちゃいけないし、腹筋背筋なんて運動部じゃないんだからやらなくてもいいじゃんって、思ってた。でも、毎日やっていくうちに仲間と連帯感が生まれたり、メキメキと上達していくのを実感したりすると、コンクールでも上位狙いたいって思うようになったの」  強豪校じゃないこの高校で、自分たちが主となって上を目指すのは、結構楽しい。もちろん合奏に関しては顧問の先生が主となるが、それ以外の体力づくりや基礎練習は生徒たちで考えて行っている。そうした中で個人もそうだが、全体で上手になったと分かるくらいみんなのレベルが上がったと思う。 「ふーん。そんなもんすか」  熱弁したのに彼には届かないらしい。よく考えてみれば、年下の男の子と接することなんて、中学の時に保育士の職場体験をした時以来だ。その子たちを年下の男の子というカテゴリーに入れていいのかは不明だが、彼らより数倍扱いづらい後輩である。接し方を間違えれば、パワハラだセクハラだと訴えられかねない。慎重に対応しないと。 「えっと……とりあえず、楽器吹いてみよっか」
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