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大抵の吹奏楽部員は学校の楽器を借りる。自分の楽器——いわゆるマイ楽器を持っている人もいるにはいるが、少数派だ。なにより楽器は高い。親にねだれる金額ではないのだ。もちろん私も持ってない。
室井君もマイ楽器を持っていなかったので、先ほど音楽室の隣にある楽器庫から、卒業された先輩が使っていたオーボエを持ってきた。今日からこれが室井君が3年間使う楽器だ。
「リードは持ってきた?」
「はい」
黒くて細長いオーボエは、見た目はよくクラリネットと間違えられるが、大きく違うのはリードである。リードというのはイネ科の葦という植物を乾燥させて削ったもので、クラリネットはこれをマウスピースと呼ばれる吹口に1枚付けて振動させて音を出す。それに対してオーボエはリードを2枚重ね合わせて根元で固定してあるものを使って音を出す。これをダブルリードを呼び、それだけで音が出る。1枚だけのシングルリードは、リードだけで音は出ない。さらにシングルもダブルも、乾燥していては音は出ない。シングルの場合は口に入れて湿らせ、ダブルの場合は水につけて湿らせる。非常に手のかかる子なのである。
水につけ終わったリードを楽器に付け、室井君が息を吸った。
半音階で上がって、上がりきったら今度は半音階で下がる。たったそれだけだったが、すごく丁寧で綺麗な音だと思った。オーボエは細長い楽器であるので息の量の調節が難しい。そして他の楽器より息が余る。吸う量と吐く量をうまい具合に調節しなければいい音は出ないのだ。それを室井君は簡単そうにやってのけた。
「すごい。室井君、上手だね」
「……別に普通じゃないですか?」
「いやいや。私なんて中学からやってたのに指もうまく回らないわ、音もきれいに出せないわで、先輩からみっちり指導受けたよ。室井君は私の指導なんて要らないね」
先輩というのは後輩に技術を教えていかなければならない立場だろうが、室井君にはその必要がない気がした。下手すれば私の方が教えてもらわなくてはいけないのでは?
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