0人が本棚に入れています
本棚に追加
「でも人目につかない場所にいたはずなのになぁ…。なんで声掛けられたんだろ?」
「その見た目は黙っていても目立つんだよ。もっと自覚しろ」
「確かにアリスめちゃくちゃ可愛いもんね」
「それだけじゃないんだけど…」と男が呟き、続けて何でもないことのように言った。
「ああそれと、今晩の晩餐会と舞踏会には出ない代わりに、茶会には顔を出すように」
「お、お茶会!?」
「おそらくお前の姿を見た者はあの場でもっといたはずだ。それが何処にも顔を出さないとなればアリス様の家に泥を塗ることになるからな」
貴族のしきたりを全く知らないという少女に、男が丁寧に説明してやるが、彼女はそれどころではないらしい。
「お茶…お茶会…? あの、サンドイッチとかケーキとかが乗ったティースタンドがあって、めちゃくちゃ高貴な趣味の話をし合うやつ…?」
「どうやら明確なイメージがあるようだな。同じようなものだと思っておけばいい。あんなのは適当に笑って頷いておけばすぐに終わる」
「む、無理! 無理だよ! そんな貴族みたいな…」
「レディ?」
ひえ、引き攣った悲鳴を漏らし、少女が一歩二歩と後ずさり、いきなり不自然にぴたりと固まった。
少女の視線の先では、男が人差し指を少女に向けている。
「これだけ言葉を尽くしてもまだ自覚が足りないようですね。こちらへ」
しなやかな指先がまるで糸を手繰るような仕草をすると、「あああぁ…」と哀れな悲鳴をあげながら、まるで操り人形の如く少女の身体が男に引き寄せられていく。フラフラと歩く少女はそのまま男を通り過ぎ、壁側のドレッサーの椅子に鏡と向き合うように腰を降ろした。
男がゆったりとした足取りで少女に歩み寄り、彼女の背後に仁王立ちになった。
「―――貴族みたい?」
顔を青くして口許を引き攣らせている少女と鏡越しで視線を合わせ、男はそれはそれは美しい顔で微笑み、地を這うような恐ろしい声で宣った。
「貴族なんだよ」
最初のコメントを投稿しよう!