02・子を乞う幽霊

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 翌朝、僕は頬に触れた感触で目を覚ました。  だけど僕を起こしたのは硬い人形の指なんかじゃなくて、クロの柔らかな指だった。 「シロさん、起きて」  からかうような声音に目を擦る。起き上がってみると僕を見下ろしていたのはクロの顔で、そこにはやっぱりあのミルク飲み人形の姿はなかった。  たった半日しか一緒に居なかったのに、僕は人形との別れを寂しく思ってしまっていた。昨日あの子が乗っていたところが妙に軽い気がして、僕はぼんやりしたまま胸元を撫でる。  そんな僕の心情を察したのか、クロは励ますように僕の胸元を叩いてきた。 「のんびりしてるところ悪いけどさ、もう起床時間を過ぎてるよ」 「……あっ!」  クロの指摘に慌てて飛び起きる。そういえば今日は一限から授業があったのだ。  時計を確認すれば電車の出発時刻が迫っていて、僕は大急ぎで身支度をする。 「間に合うといいね。いってらっしゃい」 「他人事だと思って! いってきます!」  余裕顔でひらひらと手を振るクロに見送られ、僕は玄関を飛び出す。  はたして無事間に合うだろうか。神に祈りながら全速力で走っていた僕は、しかし前からやってきたものに思わず足を止めてしまった。  それはベビーカーを押して歩く女性の姿だった。長い黒髪を揺らしながら進む女性は、ベビーカーの中で笑い声をあげる赤ん坊に、柔らかい声音で語りかけていた。  綺麗で優しそうな母親と、ふくふくとした可愛らしい赤ん坊。なんの変哲もない、どこにでもある親子の姿。なのに僕は、どうしてもその二人から目を離すことができなかった。  棒立ちになっている僕の横を、ベビーカーがゆっくりと通り過ぎる。  たなびく黒髪は、微かに雨の匂いをまとっているのだった。
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