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クロによる歌の特訓は、ほぼ毎日続いていた。
決まって昼時、どこからともなくウグイスが飛んでくる。そのたびにクロは彼を指先に止め、そして歌を口ずさむのだ。
てっきりあの独特の囀りを教えるのかと思っていたが、意外にも、クロが教えているのは囀りではなくなにかの曲だった。それも春の訪れを思わせるような、あたたかなメロディだ。
ウグイスはそれを熱心に聞きながら、拙い歌い方で真似をする。最初は頭を抱えるほど酷い音程だったそれは、少しずつ上達していて、今は時々音が外れてしまう程度に落ち着いていた。
だが最近、ウグイスはどんよりとした顔で縮こまることが増えていた。不審に思ってこっそりクロに理由を訊いてみると、彼は呆れ顔でこっそり耳打ちしてくる。
「どうも、今になって怖気づいてしまったみたいなんだよね」
「怖気づいた?」
「そう。こんなおじさんに求愛されても嬉しくないだろうって、うじうじしているんだ」
おじさんなのか。見た目が愛らしいだけに妙にショックを受けていると、クロはちょっとだけ笑って、上品な紳士なんだけどねぇと付け加える。
「歳の差があっても、種族の違いがあっても、愛を伝えるというのはとても素敵なことだと思うんだけどなぁ」
ネガティブになっているウグイスのことをじれったく思っているのだろう、クロは唇を尖らせる。
確かにクロの言う通りだ。人間と鳥、違うことは沢山あるけれど、彼の想いを否定することなんて誰にもできない。
困らせてしまうかもしれない。それどころか拒絶されてしまうかもしれない。だけど、芽生えた大切な感情を伝えずにいるのは、勿体ないことだと僕は思ってしまった。
想いは伝えなければ意味がない。後悔したときには、もう遅いのだから。そう思うともう居ても立っても居られなくて、僕はウグイスに語りかける。
「ねえ、もう少し頑張ってみましょうよ」
ウグイスの顔がおずおずと上がる。その弱々しい仕草が、自分自身と重なってしまった。
「自分の気持ちを伝えるのは怖いですよね。僕も臆病だからよくわかります。でもきっと、伝えない方がずっと後悔することになる」
だから頑張りましょう。応援していますから。そう告げれば、ウグイスは眼を潤ませて。
それから、力強く頷いてみせるのだった。
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