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夜、早速クロを自宅に案内すると、彼は辿り着いた場所に困惑したようだった。
それもそのはず、僕が紹介したのは、小さいとはいえ貧乏学生が住めるはずもない日本家屋だったからだ。
「……なんで一軒家?」
「不動産屋に勧められたんだ……」
「その時点でおかしいとは思わなかったの?」
「駅から十分で家賃一万円の魅力には抗えなかった」
「怪しさがダッシュで駆け寄ってきてるじゃん」
まあいいけど、と溜息をついてクロは玄関を開く。途端に漂ってきたすえた臭いに、彼は心底嫌そうな顔をした。
「空気が生ぬるい……」
「何度換気してもこうなんだ」
「不安要素だらけじゃん。よくこれで一週間ももったな……」
寝室に先導すると、襖を開けた瞬間襲いかかってきたカビ臭さにクロが顔を歪める。僕がせめてもの抵抗で供えた盛り塩が黒ずんでいるのを見て、クロはあからさまに「うわぁ」という顔をした。
五畳ほどの広さの和室を見渡したクロは、始まるのはいつ、と簡潔に尋ねてくる。
「大体十時くらいだから、もうそろそろかな」
そう、と呟いたシロは部屋に上がり込んで畳に座り込む。僕もその後に続いたものの、少しでも床下のものと距離をとりたくて、座るのはやめておいた。
元々物に執着する方ではないので、室内にあるものは極端に少ない。下手に一軒家なんか選んでしまったせいで部屋を持て余しているくらいだ。
置いているのは必要最低限の必需品と、サークル活動に使う絵描き道具くらい。その中にクロが居るのはなんだか新鮮な光景で、こんなときだというのに僕はちょっとだけ胸を弾ませてしまった。
だが高揚感はすぐに萎むことになる。床に視線を落としたクロが、短く告げたのだ。
「来た」
その宣告に合わせて、ずず、となにかが這いずる音が床下から聞こえてくる。
僕は悲鳴をあげてしまわないよう、とっさに口を押えて床を凝視した。
重たい体を引きずる音が、僕達の居る場所を中心にゆっくりと移動する。
時折聞こえるのは声を押し殺すようなすすり泣きで、じっとりと湿っぽいそれに肌が粟立った。
クロはなにも喋らない。ただ目をかっぴらいて、微動だにせず音の出所を目で追っている。鈍感な僕でもわかるほど彼は神経を尖らせていて、緊張感に肌がビリビリするようだった。
僕はクロに声をかけることもできず、恐怖心と闘い続ける。結局クロは延々と音と向き合い続け、ようやく静かになったときには、外が白み始めていたのだった。
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