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しくしくと泣いているような雨が今日も降っている。
僕はこんな雨が嫌いだ。一年前のあの日を強く思い出してしまうから。
康太は、今朝も大学に通うため自宅から駅まで10分ほどの道のりを歩いている。
今朝は冷え込んでおり、康太は青色のダウンの
ファスナーを限界まで上げた。
空を見上げると、おでこに雨粒が落ちてきた。
「冷たっ」
黒い雲が広がり、辺り一面を闇が覆い隠そうとしている。
まるで黒い大きなマントが広がるようだった。
片頭痛持ちの康太は、気圧の変化に弱い。
頭の中でずきんずきんと鳴る音がだんたんと
大きくなっている。
”朝から最低だな。
飲み物を買って痛み止めを飲まないといけない"
少しでも暖を取るためにジーンズのポッケに手を突っ込んだ。
駅前のコンビニで飲み物を買い、自動ドアが開くのも待ちきれずに体をぶつけながら外に出た。
店の前で薬を飲むと少し安心した。
痛み止めは、お守りのようにいつも持っている。
いつ体調を崩しても大丈夫なように出かけるときの康太の必需品だ。
コンビニを出ると、さっきまでは持ち堪えていた雨がしとしとと降ってきたので、早足で改札を入った。
ホームには人がまばらだった。
コンビニに寄ったから、電車を一つ逃したようだ。
〃ついてないな〃
康太は顔をしかめたが、次の電車を待つ列に並んだ。
康太の前には腰まである黒髪でセーラー服を着た女子高生、その横にはグレーのスーツを
着こんだサラリーマンがスマホを操作していた。
康太は、さきほど飲んだ痛み止めが効いてきた
ようだった。
痛みも遠ざかり意識がぼんやりしてきていた。
電車がホームに入って来ようとした瞬間、
康太の目の前から女子高生の姿が消えた。
数秒の時間だったと思うが、スローモーション
のように彼女は線路へ落ちてしまった。
まるで線路に吸い込まれるように。
一瞬の出来事に康太は声も出せなかったし、
助けることも出来なかった。
しかし、電車は到着し、人々は電車に乗っていく。
周りを見渡しても騒ぐ人は誰もいない。
康太だけが立ち尽くしていた。
女子高生の隣にいたサラリーマンも何事もなかったかのようにスマホを見ながら、電車に乗り込んでいった。
後ろに並んでいた人たちは、動かない康太を
押し退けて電車に乗り込んでいく。
康太は胃から込み上げてくるものを飲み込みながら、電車を見ながらホームの中ほどまで移動した。
この状態が夢なのか現実なのかが分からなくなっていた。
数秒後、電車の出発を知らせるアナウンスがあり、
電車は出ていった。
康太はどうやって帰ってきたか覚えていないが
気づくと自宅のベッドで布団を頭からかぶった状態だった。
康太は、この日から家の外に出ることが出来なくなった。
あの時、僕は彼女を助けることは出来なかったのか?
彼女は落ちたように見えたのは僕だけなのか?
考えれば考えるほど頭が冴えて眠れなくなった。
次の日、康太はスマホニュースなどをくまなく
探したが、女子高生の事故については一切載っていなかった。
僕の見たものは、なんだったのか未だに分からない。
しかも目を閉じると彼女の後ろ姿が浮かび、まともに眠ることも出来ない。
こんな静かな雨の日は特に…。
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