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 私は知っている。ヒースクリフは容姿に無頓着のようでいて、実はコンプレックスの塊なのだ。もしかしたら、彼のその劣等感こそが、彼の「芸術」の根本かもしれないとさえ私は感じていた。  彼の絵も詩も評価されない。それでも彼はそれをやめない。  私も、彼の絵も詩も評価することができない。もともとそういう才能は私にはないけれど。  ジェームズと軽く飲んだ後、私はヒースクリフのアパートメントに向かった。きらびやかな通りを歩いていると、このあたりでは滅多に手に入らないお菓子が飾られていた。特別に入荷されたものらしい。  ヒースクリフのところにいやいや向かっていたくせに、私はそれを見つけると、イチゴをはさんだ宝石のようなお菓子を二個注文した。若い女性の店員さんは丁寧にお菓子を箱に入れてくれた。これを持って歩いていても、別に心は弾まない。やや粗雑に振りながら、私は道を急いだ。  彼の部屋には灯りがついていた。当たり前だろう。彼に出かける用事などない。今度の美術展に出品する油絵のことできっと頭がいっぱいなのだ。行ったら、お菓子を見せてお茶を淹れて、少し心を休ませてあげなければならない。  ノックしてドアが開くと、ヒースクリフの鼻面に、私はお菓子の箱を突きつけた。
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