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「何してるの」  低い声でそう話しかけられたのがきっかけだった。  咎めるような声音にびくりと背を震わせ、僕は振り返った。そこにいたのがディアナだった。彼女は小柄だったが、毅然として僕のほうへ歩いてきた。慌てて僕は両腕を後ろにやって、今何をしていたのかを隠そうとする。けれどディアナは遠慮なく僕の掘った土を掘り返した。そこには羽がもぎれた蝶の死骸があった。 「君がやったの」  僕は俯いた。そうではない。今のは僕が殺したんじゃない。そう思ったが、声を出すことができなかった。ディアナの鋭い目から逃れたかった。やがて少し穏やかな声がもう一度尋ねた。 「蝶が死んでたのね。そのお墓を作っていたの」  僕は俯きながらも反射的に首を縦に振って、それから全身がかっと熱くなった。羞恥だった。確かにこの蝶は殺してない。けれども、別の虫は殺して埋葬したことが幾度もある。顔が上気してひたすらに地面を凝視した。小さな蟻が数匹連なって動いているのが見えた。  でも、ディアナはそんな僕の動揺を知ってか知らずか、もう一歩僕に近寄って屈みこんできた。匂い。香水をつけている女性が、こんな片田舎の森のほとりにいるなんて。 「もう時間も遅いわ。家に帰りなさい」  僕を解放してやる、というニュアンスを感じた。けれど、僕は答える言葉がない。  しばらくして、また声が聞こえた。 「家が遠いのなら、うちへいらっしゃい」
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