ただいまを歌って

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 何かを懐かしむという行為は思っているよりも疲れを呼んでくる。過去を懐かしみ思い出しそして後悔する。そんな感傷は、小さな刺で胸の辺りをささくれ立たせる。空きっ腹に酒を入れるといつもこうだ。ろくな事にならない。それなのに何故か、いつも浸っては戻れなくなってしまうのだ。過去の眩さから。  そんな感傷を何本目かの缶酎ハイで流し込みつつ、適当にスマホをいじる。ありきたりなニュースしか載っていないニュースサイトから目を背け、動画投稿サイトを開いた。手のひらの上で動画のサムネイルを滑らせ続けていると、ふと見覚えのあるイラストが目に止まった。 「KAZARI(カザリ)」  そこに映されていたのは久々に見た音声合成システムのキャラクターの一人、「KAZARI」だった。俺は昔、このKAZARIを使って曲を書いていた。そして、歌ってもらっていた。缶詰を開けたように、一気に当時の香りと感覚、わなわなと燃えたり嫉妬で落ち込むあの色々な感情、それが缶酎ハイの苦味で消せない苦さで流れ込む。学生時代にのめり込んだものこそが、KAZARI、彼女だった。  彼女の歌う十人十色の歌声、不器用な歌、無骨な歌、不気味な歌、楽しい歌、切ない歌、悲しい歌、聞き取ることすらも難しい、歌。そしてその十人十色の歌声の中の小さなちいさなひとつの声をKAZARIに歌わせてきた中に、俺もいた。
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