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御茶会がはじまって、およそ2時間。
招待された貴族たちの長々とした挨拶が、ようやくひと段落しようとしていたときだった。
年季の入った鉄仮面のごとく笑顔を貼り付けていた母の口元に、わずかながら素の笑顔が浮かんだのを見て、となりに座るサイラスは驚いた。
公の場で、わずかとはいえ素を見せるとは……余計に怖いのだが。
恐母の視線を追ったサイラスは、招待客が出入りする緑門のもとに現れた貴婦人を見つけ、合点がいく。
これまでの貴族たちとは明らかに一線を画す佇まいだ。その凛とした立姿に思わず見入ってしまいそうになる。
華美とは対極に位置する装いでありながら、一流の服飾人があつらえたと判る洗練されたドレスを見事に着こなしているのは、名門スペンサー家の当主であるローラ・ロザリアンヌ・スペンサー侯爵。
社交界では『オルガリアの華』と称えられる女侯爵で、上品に結われた紫色の髪が、高貴な姿をより一層引き立てていた。
聞くところによると、皇后となった母とは皇太子妃候補時代に最終候補まで競い合い、決定がくだされる直前で「爵位を継ぐ」という理由で、妃候補を辞退したという話だ。
「皇后陛下ならびに皇太子殿下に、ご挨拶申し上げます」
膝を折ったスペンサー侯爵は、「慈悲」やら「太陽」やらの装飾を一語も付けずに頭を下げた。
流れるような美しい所作は社交界の華にふさわしい優美なものだったが、それ以上にサイラスの目を奪ったのは、スペンサー侯爵が膝を折った瞬間、チラリとみえた皆目麗しい令嬢の姿だった。

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