今井千鶴のとおまわり

９

「それは……めちゃくちゃ困りますね」
「あっはは。今のところそうせがむ予定はないから安心してよ」

　信じていいんですよね。
　もしもそんなお願いをされることになったら、どうにかしてタメ口で話せるように努力させてもらおう。

「でも、どうかな？」

　僕の焦りを察知してくれたのか、赤信号によって車を止めることができた。

　停止ついでに、疑問の言葉を投げかけるだけでひと呼吸おいた千鶴さんの表情をうかがう。

「私が本当にお願いしたら、蓮くんはきっとおひげを生やしてくれると思うんだよね」

　千鶴さんの視線が僕の口周りに注がれている気がしてならない。
　どんな想像をしているんだろう。

「そうですね。そんな気はします」
「だよね。うん。今ので私は満足だ」
「満足？　何がですか？」
「ほらほら、青になったよ」

　楽しそうな笑顔を浮かべてそう言われてしまっては、前を向いて運転に集中せざるを得ない。
　目的地であるレストランまではもう少しかかる。

「千鶴さんが何に満足したのか、教えてもらえるんでしょうか」
「そこそんなに警戒する？　ちゃんと教えるよ。なんのためにここまで話を積み重ねてきたのさ」

　以前は教えてもらえないことも多かった気がするが、最近はそうでもなくなったか。
　ごめんなさい、失言でした。