日陰に咲く

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 月が変わり、暑さがさらに増してきた。梅雨に入り、ムシムシした異常な湿度と、雨が降っても下がらない気温とで、空気がベタベタしているような気がする。  期末試験が少しずつ近づいてきているため、いつもより図書室の利用人数が増えてきた。いつも片手で足りるほどしかいなかったのに、今ではどの机にも数人ずつ人が座っている。さすがにいつもどおりとは思えなくて、前髪を留めるのはやめた。  利用者が増えても、先輩は特等席を死守している。あれからも先輩は何回か本を借りた。貸し出し名簿の欄は先輩の名前が連続して並ぶ。何冊か貸し出しているけど、毎回必ず宇宙に関する本を借りている。 「はい」  先輩は今日も、宇宙の本をカウンターにのせた。最近じゃ、私も定型文を言うのはやめて、貸し出し名簿だけを差し出すことにしている。先輩はペン立てから慣れた手つきで鉛筆を抜き取って、名簿に名前を書く。 「先輩、宇宙が好きなんですか」 「うん」  貸し借りのやり取りをしているうちに、先輩に慣れてためらいなく話せるようになった。リラックスして話せるのは、他の人がいなくなってから貸し出しのやり取りが始まるからかもしれない。 「本当は、ここのも大体知ってる本なんだけど。学校の図書室だから、規模も種類も限られてるのは仕方ないしね」 「他のを借りたらいいのに」  私の言葉には何も言わず、先輩はさっさと本をしまってカーテンと窓を閉めに行く。本を借りるようになってから、貸し出しのやり取りのあと、毎回必ず図書室の戸締まりを一緒にしてくれるようになった。  あとは倉田先生を待つだけ。いつもだったらそろそろ姿が見えるころだ。  戸締まりと身支度を終えた先輩はカウンターに腰掛けて、椅子をしまってまわる私を眺めている。 「まだうわさは消えないの?」 「妖精ですか」 「うん」 「そうですね」  いまだについてまわる話題に、うんざりしながら先輩に返事をする。もうそのうわさは忘れたいのに、みんな忘れさせてくれないんだ。 「光のうわさは嘘だよ」 「光って?」 「中島」 「光っていうんだ」  なんで、先輩は中島の下の名前まで知ってるんだ。それに、嘘だなんて私だってわかってる。接点もない隣のクラスの女子なんて、向こうも好きにならないに決まってる。しかも私は、前髪が長くて人を寄せ付けないオーラがあるとまで言われているのに。 「なんで先輩は中島の名前も、うわさが嘘だってことも知ってるんですか」 「あいつの兄貴と友達だから」 「へぇ」  意外な答えが返ってきた。同じタイプだと思って勝手に仲間意識を持っていた私は、少し裏切られたような気持ちになる。先輩は見るからにクラスの影に潜んでそうな感じなのに、あんなひだまりメンバーみたいな人と友達だったんだ。それとも、中島のお兄さんは弟と対称的なタイプなのか。 「光の兄貴はもっと落ち着いてるよ」  先輩が何かを察して、何も言う前に中島兄の説明を加えた。私のおどろきが表情に出てたのかもしれない。
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