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「まだ、考え中です」
苦しまぎれにそう答えると、「ふぅん」と軽い返事がきた。まだどうするか決めてないのは本当だ。
「メイちゃんは友達のこと待つために図書室にいるんじゃなかったの?」
前に話したことを覚えてたんだ。先輩は暗記用の赤い下敷きであおぎながらさらにきいてくる。
「試験期間に入ったら、友達の部活の練習はなくなるから図書室に来なくてもいいんじゃない?」
「塾が学校の先にあって、この暑さの中一旦家には帰りたくないんです。家遠いし」
「そうなんだ」
納得したのか、私の方を向いて止まっていた先輩は、ゆっくりと残りの階段を降り始めた。私もそのあとをついて降りて、先輩の隣に並ぶ。
初めて隣に並んで歩いた。先輩は日に焼けないのか、日に当たらないのか、初めて会ったときから変わらぬ色の白さだった。私は登下校だけですでに焼け始めているというのに、羨ましい。
先輩とは何度も話して、もうずいぶん慣れたつもりだったのに、なんだか急に緊張してきた。図書室じゃないからか、先輩が何もしゃべらなくなったからか、初めて隣を歩くからか、どれが原因か分からない。誰もいないところで二人きりなんて、図書室でいつも同じ状況だったのに。心臓が少しずつ音をたてて、私をじりじりと焦らせる。
黙っているのが心臓に悪いのかもしれないと思って、無理やりさっきの会話を続けた。
「あの、試験期間はいつもどこにいるんですか」
先輩は前を向いたまま、ちらっとだけ私を見下ろした。
「今はまだ秘密」
「秘密かぁ」
まだ、ってことは後になったら教えてくれるつもりなのかな。どこに隠れてるんだろう。もしかしたら、早めに塾に行ったりするのかもしれない。そうだとしたら、秘密にする必要あるかな。
「試験期間、どうするのか決めたら教えて」
「え?」
そんな友達みたいな情報を先輩と共有していいの?
あれっと思っていたら、先輩がいきなり一段飛ばしで階段を降り始めた。下まで降りきった先輩は、そのまま角を曲がろうとして振り向き、一言「またね」と言うとあっという間に大股で去っていった。
靴箱で二人を待ちながら、先輩と一番長く話したな、と思っていたらすぐ隣からカナの声がした。
「メイ、なにニヤニヤしてるの」
「えっ」
声がするまで、隣に来たことに気付かなかった。カナの向こうに、走ってくるミキの姿も見える。
「良いことでもあったの?」
「そういう訳じゃないんだけど」
「なになに?」
カナの質問攻めに答えられずに、口をにごしていると「ごめん、おまたせ!」とミキが追い付いて入ってきた。助かった、と思って慌ててミキに「遅いよ」と声をかけて、さっきの会話を流す。カナはそれ以上聞かずに、そのままミキに話題を振ってくれた。
隠すようなことじゃないけど、二人には図書室での先輩との出会いをまだ話せないでいる。誰にも見せずにしまっておきたいような、だけど誰かに話してみたいような、自分でもどうしたいのかよく分からない。
先輩について考えると、なんだかそわそわと落ち着かない。
「授業に遅れそうだし、急いで行こう!」
ミキのかけ声で、私達は早足で校舎を出た。
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