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今日は塾の予定がない。帰りの会が終わったあと、すぐに帰るつもりだったのに担任の先生から手伝いを言い渡されてしまった。どんよりとした空からいますぐにでも雨が落ちてきそうで、傘を持っていない私はそわそわしていた。
手伝いが終わってから大急ぎで教室に荷物を取りに来たけど、教室の窓にはすでに水滴が付き始めている。どれくらいで止む雨なんだろう。朝、家で見た天気予報では夕立に注意とだけ書かれていて、ずっと振り続けるとは言ってなかった。
待っていれば、たぶん止むはず。
そう考えて、教室で待つよりいつもの図書室で勉強することにした。荷物を持って教室の扉を開くと、通りかかった男子生徒と目が合う。
「あ、妖精」
そう言って目が合ったのは、隣のクラスの中島だった。
「あっ」
残念なことに、私はそれしか言葉が出てこない。まさか、中島本人に直接遭遇する日が来るなんて。
「俺、隣のクラスの中島だけど」
一言だけ言って去るものだと思っていたのに、中島はまだ話しかけてくる。人を寄せつけないと影で言ってたくせに、果敢に私に挑戦してくるつもりらしい。
「知ってる」
ちょっと意地悪な気持ちが芽生えて、そっけなく返事をしてみる。でも、中島はあんまり気にしてないようで、変わらぬテンションのまま話しかけてくる。
「桜井にずっと謝ろうと思っててさ」
「うわさの話?」
中島と私の間の共通の話題なんて、それしかない。
「それと、最初に図書委員の当番サボったこと。桜井、ほんとごめん」
結構真面目なんだな、中島。思わずそう言うところだった。隠しごととかできなさそうだ。
「サボりは別になんとも思ってないけど、うわさの方は、まあ、ちょっと」
私も正直に話すと、中島は「ごめん」ともう一度小さく言った。うわさのことはむしろ中島も被害者なんだから、謝る必要はないのに。
「俺が余計なこと喋ったから」
「うん、あれ実は全部聞いてた」
「えっ」
そんなにおどろくことか、と思うくらい中島は目を丸くしている。まさか、あんなに大声で話しておいて、自分たち以外には聞こえていないと思っていたんだろうか。
「あのとき図書室にいて、窓から聞いてた。外であんな大声で話してたら、大勢に聞こえるでしょ」
「うそ、マジでごめん」
中島はそんなに大きくない体を、小さくすぼめて謝った。本人もずいぶんと謝っているし、ミキの言う通り試験期間に入ればみんなの関心はそっちに移るだろうから、中島のことは時効にしてあげよう。
「もういいよ、みんなも本気で中島が私のこと好きだなんて思ってないし」
「うん」
「それに、他の学校に彼女がいるんでしょ?」
そう言ったら、中島はみるみる顔を赤くして、腕で口元を隠した。
「それ、バラしたのカズ兄でしょ」
耳まで赤くした中島は、目を伏せながらきいてきた。
「カズ兄?」
「金子一樹」
「あ、先輩」
そう言えば、中島兄と仲がいいって話を一度聞いたっけ。私の反応から正解と察した中島はため息をついている。話の雰囲気から中島とも仲が良さそうだと思っていたけど、予想は当たっているみたい。
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