日陰に咲く

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 勉強場所は、先輩のクラスだった。私たちのクラスは、人はいなかったけど机にいくつか荷物が置かれていて、そのうち人が戻ってきそうだった。違う学年のクラスに入るのは、同じ学年の他クラスに入るより緊張した。  おそるおそるクラスの中を見回して、人が誰もいないのを確かめてから先輩と中島に続いて最後に足を踏み入れた。その様子を見ていた中島に笑われたけど、私のような他人の視線に慣れていない人間は、違う縄張りから来た人に向けられるまなざしにひどく萎縮してしまう。  先輩は自分の席に座り、私と中島は並んで先輩の前の席に腰を下ろした。違う教室にいる緊張から、ずっとそわそわして落ち着かない。隣の中島も部屋中をきょろきょろと見回している。 「光は英語ね。メイちゃんは何か苦手な科目はあるの?」  先輩にきかれて、私はカバンから数学の問題集を取り出して広げた。 「数学が全然できません」 「へえ、いつも図書室で勉強してるから苦手な科目はないかと思ってた」  先輩が意外だという反応をしてくるけど、全然意外なことなんかじゃない。 「よっぽど勉強できる人じゃない限り、みんな苦手な科目ってあると思うんですけど」 「そうそう、カズ兄は頭いいからわかんないんだよ」  中島も私に加勢してくる。むしろ先輩に苦手な科目はないのか。たぶんこの反応は、苦手科目なんて存在しないんだろうな。優秀すぎて私たちとは感覚が違うみたい。  私たちがそれぞれ教科書と問題集を取り出したのを確認すると、先輩はテキパキと指示を出し始める。 「とりあえず、まず光は今から言うページの単語と文法を全部丸暗記しろ」 「丸暗記?」  中島は不満そうだ。勉強を見てくれるというから、もっと解説や練習があるんだと想像していたのかもしれない。先輩はそんな不満を軽く打ち返す。 「学校のテストなんて、そんな難しいもんじゃないから、丸暗記である程度解けるし、そもそも必要なことを覚えてなかったら解けるものも解けないから」 「はぁーい」  だるそうな返事をして、中島はしぶしぶ教科書を開いた。先輩は開かれた教科書に次々と付箋を貼り付けていく。まるで先生のようだ。中島は乗り気ではなさそうだけど、素直にぶつぶつとつぶやきながら言われた通り暗記を始めた。 「メイちゃんは、今まで解いてて分からなかった問題をまずは教えて」  私は授業中に解説をされても理解できなかった文章題や、演習問題を探し出した。それを見て、先輩はすぐに私の問題点を察したらしい。 「ああ、なるほど。引っ掛け問題に弱いんだ」 「これ引っ掛け問題なんですね」  そこから先輩による丁寧な解説が始まった。先輩の説明は、想像していたよりもずっとわかりやすかった。正直、普段通っている塾の先生よりもわかりやすい。わからない箇所を繰り返し説明してくれるところや、質問がしやすいところもポイントなのかもしれない。  先輩のおかげで、今まで何につまずいていたのか不思議に感じるほど問題がすらすら解けるようになり、数学を楽しいと感じ始めていた。一方で隣の中島は、暗記を命じられてからずっと放置され、一人で呪文のように英語を唱え続け、一時間もしないうちに音を上げた。 「俺、もう無理! ちょっと休憩、トイレ行ってくる」  そう言うが早いか、ぱっと立ち上がるとそそくさと廊下に出ていってしまった。私と先輩は、突然出ていってしまった中島に驚いて、何も言えずに見送ってしまった。 「ずっと暗記はたしかに辛そうですね」  中島の辛さは想像がつく。暗記は楽しい作業ではないから、苦手な科目の暗記となればその辛さは倍増だ。
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