日陰に咲く

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 私の不本意なあだ名がすっかり知れ渡り、中島イジリに疲れ切って、図書室でもぼーっとするようになったころ、突然それは起こった。  例の図書室の先輩が本を借りにカウンターに来たのだ。 「これ、貸し出しで」 「はい!」  放心していたところを突然話しかけられ、条件反射で返事をした。目の前に立つと、遠くで見ているよりももっと背が高く思えた。体が細いから、より高く感じるのかもしれない。高い、というより長いという感じ。半袖のワイシャツから伸びた細い腕は、私より白い。 「ここに、今日の日にちと名前とクラスを書いてください」  鉛筆を渡しながら貸し出し名簿の項目を指差すと、先輩は無言で言われたとおりに日付と名前とクラスを書いた。「金子 一樹」と書いてある。先輩、金子っていうんだ。 「貸し出し期間は二週間です。返却はこのカウンターにお願いします」  決められたセリフを言うと、先輩は本を受け取りながらちらっと私を見た。目が合うと、一瞬、先輩の口元が笑ったような。あれっと思って先輩の顔を見つめたら、 「図書室の妖精なんだって?」  衝撃的なセリフが降ってきた。  今、なんて言われた?   信じられない。今日初めて話したのに、あえてその話題を選ぶ?  しばらく他の言葉が頭に浮かばない。何も言えず口も閉じられない私に、先輩はさらに次のパンチを放ってきた。 「野球部の子が告白して玉砕したって、すごいうわさになってるけど」  初めて聞く尾ひれにさらに衝撃を受けて、歯をカチンと鳴らしながら口を閉じた。なんだそのうわさは! 「ガセネタです!」 「知ってるよ」 「えっ」  本をしまうと、先輩はさっさと図書室から出ていってしまった。  何だったんだ、今のは。  と思っていたら、大変なことに気がついた。前髪を留めたままだった! あんなに人前では前髪でガードしていたのに、ぼーっとしていたところを話しかけられたから、完全に忘れていた。アクリル板があることも手伝って、油断してたのかもしれない。  でも、もう遅い。先輩は特に何も思ってないだろうし、そもそも私が自意識過剰なんだってことはわかってる。だけど、今までかくしてきたものを見られてしまったのが、無性に恥ずかしかった。
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